存在意義
「え?何者かわからない?」
授業終了後、ヒナリアは使い魔ユラをつれ、ミレイの質問攻めにあっていた。その一つが『ユラが何者であるか?』だったが、ヒナリアのそれに対する答えは『分らない』であった。
「でも、じゃあどうやって召喚したのよ。」
通常使い魔を使役するには使い魔となる存在を召喚しなくてはならない。召喚には極めて精巧なイメージを要するため、ミレイの疑問はもっともであった。
「うん…それが召喚してないのです。」ヒナリアは正直に言うことにした。ミレイとは中年部からの友人であり、自分の聞いたことを触れまわるような事をしないと知っている。
「召喚していないって。それでも契約ってできるものなの?」
「わたくしも詳しくは分りませんが、ユラとはちゃんと使役契約ができています。」
「そうなんだ。まあたしかに人型の使い魔自体、かなり稀だっていうし。」
「わたくしも正直、実感がないんですよね。」
そこで二人はヒナリア寄りに座っていた小さな少年の使い魔に目を向ける。視線を向けられユラはビクッと顔をこわばらせる。
「本当に憶病ねぇ。全然話さないし。」
そう言ってミレイは指でユラの頬をつついた。その柔らかさと、怯えた子犬のような反応が面白くてやめられなくなるミレイだった。
「も、もう。ダメですよ。ミレイさん。」
ヒナリアからの制止によりようやく解放されたユラは授業中同様、彼女の制服の袖を掴んで俯いてしまった。
「でもやっぱりなつかれてるのね。さすがご主人様。」
ミレイは特に気にした様子もなく話を続ける。
「でも、ユラ。あなたは明日から幼年部に行かなくてはいけないのよ。そんな事ではやっていけませんよ。」
ヒナリアの言葉にユラはキョトンとして首をかしげる。
「ようねんぶ?」
「ああ、そうですね。まずはその辺りの説明をしましょうか。ここシュテルク魔術養成学校では皆、立派な魔術師になるように勉強している事は分るわね。」
「…うん。授業みた。」ユラはうなずく。
「それでここには幼年部、中年部、高年部の3つの学部があるの。大抵は年齢によって割り振られるのだけど、中には魔術や、知識の習熟度に応じて飛び級している人もいるわ。それでこれからユラが行くことになる幼年部にはまだ魔術師になって日の浅い子たちが集まるの。大体皆ユラくらいの子達かしらね。魔術や、それ以外の教養なども基礎からの勉強になりますから丁度いいのは確かですね。あなたはそこでしっかり勉強するのです。」
その言葉を聞いたユラは不安の表情を露わにして先ほどより強くヒナリアの袖を引く。
「でもヒナといないと。」その言葉にヒナリアは思いっきり抱きしめたい衝動に駆られるが、ミレイの含み笑いを見てなんとか自制する。
「こら、学校ではマスターとお呼びなさいっていったわよね。」
そう言ってユラを軽く嗜める。
「う、うん。マスター」
「よろしい。わたくしなら大丈夫ですから、あなたはまずこの生活に慣れる事を考えなさい。いいですね。」
ユラは小さく頷いて見せた。
「へえ…。」
ミレイは二人のやり取りをみて声を上げる。
「どうかされました。」
「いや、てっきりヒナリアがいないとさびしいのかと思ったら、やっぱり使い魔として主人を守ろうと思ってるって事よね?」
ヒナといなりと、と言ったユラの言葉にわたくしは大丈夫と答えた二人のやりとりがヒナリアには少し以外だった。
「どうでしょうね。ずっと怯えてるものですから前者の可能性もかなり高いですけど。」
そう言ってヒナリアは不安げに自分の袖を掴んで離さない使い魔に目をやる。
「おや、そこにいるのはミクシアじゃないか。」
3人のいるテーブルに向って無遠慮な声が向けられる。
「あれえ、使い魔を使役したって噂はデマだったのかな。まさかこんな幼年部の子供が使い魔なわけはないし。」
そういって意地の悪い視線をユラへ向けてくる。彼、ゲリレオ・マッケネンは高年部に所属する異端児の一人だった。
「なんの用でしょうか。」ヒナリアの声はそっけなかった。
「つれないなあ。俺とお前の仲じゃないか。」
「一方的に口説いて、振られただけでしょうが…。」ミレイは聞こえないように小さく呟く。異端児として学校の中でも浮いた存在ではあるが、魔術の腕は確かだった。この年ですでに上位魔術である「火」の系統魔術をいくつか使えるという事だった。なまじ腕が立つだけにだれもが彼の扱いを手に余していた。
「すみません。わたくし先生に呼ばれていますので失礼します。」
ヒナリアはそう言って席を立つ。
「まあ、そう言うなよ。今日はいい話をもってきたんだ。」
ユラを連れ、ミレイと共に去ろうとしたヒナリアを呼びとめる。
「今度あるマギアゲームのパートナーになってやるよ。」
マギアゲームとは高年部の生徒を中心に行われる、魔術大会の事だ。生徒達は自身の魔術を駆使して、2人一組で模擬戦闘を行う。
「高年部は参加が必須だからな。回復魔術しか使えないお前じゃどうやっても勝てないだろう。だが俺の攻撃魔術があれば優勝なんて楽勝だぜ。お前は後ろで俺のサポートをしていればいい。」
高慢な態度と言葉にヒナリアやミレイだけでなくラウンジにいた生徒のほとんどが不快感を覚えていた。しかし、それを意に介するゲリレオではなかった。
「せっかくですが結構です。」ヒナリアはハッキリと言い放つ。
「なんでだ。この学校に俺以上の魔術師がいるってのかよ。」
ゲリレオはむきなったように掌から炎を生みだす。それにラウンジがざわめく。
「ちょ、ちょっとマッケネン。こんなところで魔術を使わないでよ。」
たまらずミレイが声を上げるが、それにこたえるゲリレオではなかった。
「ふん。お前らじゃあこうして「火」を生みだすこともできないだろうな。火は上位魔術の中でも攻撃に特化した系統だ。わかるか?俺にかなうやつなんていないんだよ。」
そうしてゲリレオは自分の手の炎を振りかざすが、そこでようやくヒナリアの前に立っている存在に気付いた。
「あん?なんだてめ?」
「え?使い魔君?」
傍にいたミレイも気づかなかった。先ほどまでヒナリアの袖につかまって怯えていた使い魔ユラがゲリレオが炎を生みだした途端に彼とヒナリアの間に立っていた。その表情に先ほどまでの怯えは全く含まれていなかった。
「なんだあ?ご主人様を守ろうってのか、お前見たいなチビすけが。」
ゲリレオの執拗な威圧にもユラは動じなかった。その反応が彼をさらに激昂させる。ゲリレオ・マッケネンが魔術の腕がありながら異端児となっているのはその気の短さ、血の気の多さが原因だった。
「なめてんじゃねえぞ、この」
ゲリレオは生みだした炎と共に腕を振り上げる。
「やめなさい、マッケネン!」
ヒナリアだけでなく他の生徒も駆け寄ろうとするが彼の方が早かった。
「《フレイム・ボール》!」
ゲリレオの手から炎の玉がユラに向かって飛ばされる。上位魔術である火系統による攻撃魔法。
「《アブソラプション》」
その声に気付いたのは後ろにいたヒナリアと、横にいたミレイだけだった。しかし、ミレイはその声が誰から発せられたものなのか分らなった。彼女に観測できた事実はその声の直後、ユラに向かって飛んでいた炎の玉が消失したこと。辺りは一瞬なにもなかったような静寂に包まれた。そう、その場にいた誰もが何が起こったのか分らなかったのだ。ゲリレオまでもが。
「な…なんだと?何が起こった?」
一瞬ののち、ゲリレオが狼狽する。そのことから彼が炎を消失させたわけではないと分った。残るは…
「もしかして使い魔君が?」
ミレイが視線を向けると、いつの間にかヒナリアの袖にしがみついている先ほどまでの使い魔ユラの姿があった。
「ミスターマッケネン。あなたは授業を聞いていませんでしたか?」
ヒナリアが静かに話しかける。
「あ?何を言っている?」
「一体何の騒ぎですの!?これは?」
ラウンジによく通る高い声が響く。入口にはエザリア・ド・マリアの姿があった。
「ゲリレオ・マッケネン。またあなたですの?」
彼女は直ぐに騒ぎの中心人物を見つけ、近づいていく。
「け、うるせえな。」
ゲリレオはそう言って、出て行ってしまう。
「ま、まちなさいっ。ヒナリアさん。あなたも騒ぎの原因ですの!?」
エザリアの矛先は近くにいたヒナリアに向けられる。
「わたくし達はただの被害者です。彼が勝手に魔術を使ってきただけです。」
そう言ってヒナリアは如才なく微笑む。
「ふん、大方あなたのふてぶてしい態度が彼を怒らせたのでしょう?全く、少し使い魔ができたからってあまり調子に乗らないことですわね。」
二人のやり取りに再び辺りが戦々恐々とする。
「それにしても、彼が魔術を使ったにしては周りが焦げていませんわね。」
「エザリア様もご存じでしょう?使い魔の存在の意味について。」
そこでようやくエザリアはヒナリアの後ろで怯えている少年の使い魔に目をやる。
「何が云いたいのです?」
「使い魔は主人を危険から守るのが義務です。」