表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蘭花伝 ──黎明の皇女は天命に抗う──  作者: 冬生 恵
【第四章】黎明(れいめい)の空
33/43

三十一. 戦いの決意

 澄蘭(ちょうらん)が現在捕らえられている一般牢は、影廠(えいしょう)の取調室から北西に歩いてすぐの場所にある。

 その僅かな道のりの途中、遠方から響く人々の歓声や、楽器の演奏音などの賑やかな物音に気が付き、澄蘭はふと足を止めた。


「……公主(こうしゅ)?」


 背後を振り返る彼女に、警戒した様子を見せながら、移送担当の宦官(かんがん)が声を掛ける。

 本来であれば、囚人と私的な会話を交わすことは禁じられているはずで、宦官は周囲の目を気にして明らかにソワソワしている。それでも彼は、澄蘭の目線を追い、辛うじて聞き取れる程度の声量で(ささや)いた。


「……()皇太子妃様が男児をお産みになったので、その祝いの宴ですよ」


 驚きに目を見張り、澄蘭は宦官に視線を戻した。

 たしかこの事態の発生の直前、彼女は産み月前にも関わらず体調の異変を訴えたと、穏翊(おんよく)が口にしていたはずだ。

 その時は持ち直したそうだが、無事に出産が終わったのだろうか。


「いつ?」

「……七日前。(おん)父子(おやこ)が獄死し、貴女様がここに入った日です」

「そう……」


 俯いた澄蘭に構わず、移送官は再び歩き出した。澄蘭は黙ってその後に続きながら、内心でひとりごちる。




(ほんの少しだけ、穏翊(あのひと)の言っていたことが分かる気がする……)




 あの朝、義兄である皇太子の直謙(ちょくけん)は、正妻の異変を聞きつけ、朝餉(あさげ)も取らずに部屋を出たという。


 真偽のほどは定かではないが、もしあの時に彼女が出産を終えていれば。遠珂(えんか)たちには、違う結果が待ち受けていたのではないか──




(たとえ、事件そのものの発生を、止めることは出来なかったとしても。

……せめて、もう少しだけ早く、産まれていれば。情けがかけられ、陽葵(ようき)たちへの宮刑(きゅうけい)は減免されたかも知れない)



 皇太子の嫡男誕生は、国にとっても大きな慶事だ。正妻との間に、待望の男児が誕生したとなれば、恩赦(おんしゃ)が出された可能性もあった。


 「(ぎょう)氏の事件の発覚がもう少し遅ければ」と、血を吐くように叫んでいた穏翊(おんよく)の姿が脳裏に浮かび、澄蘭は黙って頭を振る。前方を行く宦官の(いぶか)るような視線を受け、彼女は足早に後を追った。









 牢に戻った時、すでに陽葵(ようき)の姿はそこにはなかった。血相を変える彼女に、移送官は「手当のために連れ出され、その後は(しか)るべき者に保護された」と告げる。内心の恐慌を押し殺し、祈るような気持ちで頷いた澄蘭(ちょうらん)は、自分に宛てがわれた獄の中でじっと膝を抱えて過ごした。


 そして、牢内に差し込む陽が隠れ、すっかり暗くなった頃。移送担当の宦官が、身なりの良い中年の宦官を伴って現れた。


 身につけた玉佩(ぎょくはい)が示す身分は、侍奉局(じほうきょく)副首(ふくしゅ)。纏うことが許された装飾品や、衣装の豪華さ、何より流麗(りゅうれい)に整った容貌から、父帝の側近の一人であろうと澄蘭は判断する。


 彼は案内の宦官に手燭を掲げさせ、大仰(おおぎょう)な仕草で懐から取り出した書簡を、高く澄んだ声で読み上げた。


「『明日、巳の終刻、清寧殿(せいねいでん)にて』。……明朝、手伝いの女官を寄越す。澄蘭公主にあっては、司率局(しそつきょく)にて湯浴みをし、身なりを整え、案内が来るのを待つように」


 正式な勅書(ちょくしょ)ではないのだろう。最低限の用件のみが記された書を、澄蘭は押しいただくように受け取った。

 侍奉局所属の宦官は、牢に漂う悪臭に閉口(へいこう)したように。顔を(しか)めている。皇族や妃嬪(ひひん)に侍る彼らは、全宦官の憧れと目標であり、その上位第二層の副首ともあれば、選民意識の強い者が多いと聞く。こんな薄汚れた牢獄に足を運ぶことは、彼にとっても(はなは)だ不本意なのだろう。

 手燭を持った宦官に先導を命じて、彼は早々と去っていった。






 澄蘭は、薄っぺらなその書を両手で握り締める。


 父帝が何を思って、こんなにも早く面会に応じたのかは分からない。取調官にああは言ったものの、彼女の要望など握りつぶされるか、叶えられたとしてももっと時間がかかると予測していた。




 それでも、望んだ機会は与えられた。




 澄蘭は、昨晩必死に考えた内容を、何度も頭の中でなぞる。

 抜けはないか、理論が飛躍していないか。

 自身の知る現状を整理し、切り札とすべき内容を確認し、度々言うべきことを反芻(はんすう)した。


 そうして、自分の主張の全てを頭に叩き込んだ澄蘭は、明日に備えるように早々と藁敷きの寝床に潜り込んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ