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蘭花伝 ──黎明の皇女は天命に抗う──  作者: 冬生 恵
【第三章】闇に堕ちる
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二十三. 悲報

 その後も取り調べは続き、気が付けば、最初の聴取から十日が経過していた。






 何とか彼女の自白を引き出そうとする取調官と、身の潔白を訴える澄蘭(ちょうらん)の主張とが、狭い部屋に交互に響き渡る。彼は時に、罪を認めようとしない澄蘭を机を叩いて威嚇(いかく)し、時に懐柔(かいじゅう)するような猫なで声で甘言(かんげん)(ささや)いて、彼女を翻弄(ほんろう)した。



「……たかが、いち官僚の父子(おやこ)が、皇太子暗殺など大それたことを唐突に考えるなど、おかしいだろう? お前が仕組んだのではないか?」

「――知らないって言ってるでしょう!?」



 何度否定しても繰り返される問いに、澄蘭は次第に平静を失っていった。






 その日も朝から取調室に連行された澄蘭は、荒々しく椅子に腰を下ろした。

 今日もまた、(らち)のあかない無意味な時間が過ぎていく。


(もう、いや……)


 澄蘭は、思わず乱暴に髪をかき乱した。

 側仕えの女官もおらず、一人で適当に結わえた髪が、ばらばらと零れ落ちる。蘭花の簪が、シャラと音を立てて揺れた。


 常であれば冷ややかに澄蘭を見据えている取り調べの宦官(かんがん)が、今朝は妙に清々(すがすが)しい表情を浮かべている。(いぶか)しみ、身構える澄蘭に、取調官は酷薄な笑みを浮かべて告げた。





「残念な知らせだ。──(おん) 孝思(こうし)(けい)の両名が今朝、獄中で死亡しているのが発見された」





「……え……?」





 澄蘭は、その言葉を呆然と聞いていた。


 璟――遠珂(えんか)が、その父が、どうしたと言うのだ。


 言葉を受け止めきれず、目を見開く澄蘭に、宦官は小さく笑って続けた。






玄以鋭(げんいえい)威信(いしん)を掛けて、彼らを取り調べたようだな。水責め、たが責め、爪剥ぎ……。他にも数々の拷問の末、温父子(おやこ)は昨晩ついに、罪を認めたそうだ。

皇族へ危害を加えようとした者は、その罪が確定した時点で、処刑される。待ち受ける残酷な刑を恐れ、二人は自ら命を絶ったそうだ」


 玄以鋭の調べによると、と取調官は手元に置いた書簡に、ちらりと目を落とした。

 顔面を蒼白にした澄蘭の顔へ視線を移し、彼女の恐怖を堪能するかのようにじっくりと眺めたあと、彼はおもむろに口を開く。


「温 璟はある日、お前が身分を偽って城下に降り、貧民と触れ合っていることを知った。後ろ盾を持たないお前が、民の支持を武器に成り上がろうとしていることも、お前との面会の中で聞かされたと言っている。

……貧民たちに施しを与え、奴らの支持を集めようとしていたお前に、玄以鋭は早くから疑いの目を向けていた。温 璟はそのことに気付き、お前を守らねばと焦ったそうだ」


 奴がお前に心底惚れていたことは、周囲には知られていたようだしな。


 嘲笑(あざわら)うように言う宦官の目付きに、澄蘭は何も言えずに拳を震わせた。


(何を……言っているの? この人は……)


 そんな澄蘭をいたぶるように、取調官は手元の書簡を丁寧に読み上げる。


「奴ら自身も、錚雲(しょううん)との交易開始の功績で、民から救世主のように扱われており、調子に乗った面もあるのだろう。

かねてから、自分たちを認めない周囲に反感を抱いていた父親の温 孝思は、お前を権力の座に担ぎ上げ、自分たちが外戚(がいせき)として力を持つことを夢想した」


 そんなことは、ありえない。遠珂の父とは、澄蘭は顔を合わせたこともないのだ。


「……皇女が皇太子になるなど、この大礼国(だいれいこく)では有り得ないのだがな。隣国では珍しいことではないらしい」


 所詮(しょせん)蛮族(ばんぞく)末裔(まつえい)だと、取調官の宦官はせせら笑う。


 違う、と澄蘭は反射的に声を上げようとした。けれどあまりの衝撃に、言葉を発することが出来ない。





 遠珂(えんか)が死んだ。

 身に覚えのない罪を自白して。




(うそ……。うそよ、そんな……!)





 彼の死そのものを、受け入れられずにいるのか。自身が冤罪(えんざい)を掛けられたことに、憤っているのか。

 自分でも分からないまま、壊れたように澄蘭(ちょうらん)は頭を振り続けた。全身が震え、歯の根が合わずガタガタと耳障りな音を立てている。

 取調官の言うことは、全て出鱈目(でたらめ)だ。そんな会話を、遠珂と交わしたことなどない。そう言わなければ、潔白を主張しなければと思うのに、喉からはひゅうひゅうと頼りない息が漏れるだけで、声を出すことが出来ない。






 重苦しい空気の漂う取り調べ室に、その時、部屋の扉が開く音が響き渡った。


 正午の休憩時間に茶が差し入れられる以外には、聴取の途中で聞くことのなかったその音に、取調官である宦官(かんがん)が背後を振り返る。澄蘭も釣られてその視線を追い、息を飲んだ。




 年若い宦官に連れられて部屋に入ってきたのは、真新しい青の(ほう)に身を包み、丁寧に整えた髪に親王位を表す冠を載せた第二皇子──義兄の穏翊(おんよく)だった。




「穏翊お義兄様(にいさま)……!」




 慕わしい義兄の姿に、混乱していた澄蘭の緊張が一気に解けた。(こわ)ばっていた喉から、悲鳴のような声が漏れる。澄蘭の声を聞き、穏翊は整った涼やかな美貌に憂いの表情を浮かべた。

 穏翊は澄蘭に歩み寄り、労わるように、「大変だったね、大丈夫かい?」と声を掛ける。澄蘭の肩から力が抜けた。自分を案じる義兄のいつも通りの優しい声に、澄蘭は顔を覆い、全身を安堵に震わせる。



(お義兄様が、来てくださった……。きっと、もう大丈夫)



 彼女は気付かなかった。


 閉ざされた視界の向こうで、穏翊が静かに右手を掲げる。その合図を受け、苦々しい表情になった取調官をはじめとした宦官たちが、音もなく退出していったことを。


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