二十三. 悲報
その後も取り調べは続き、気が付けば、最初の聴取から十日が経過していた。
何とか彼女の自白を引き出そうとする取調官と、身の潔白を訴える澄蘭の主張とが、狭い部屋に交互に響き渡る。彼は時に、罪を認めようとしない澄蘭を机を叩いて威嚇し、時に懐柔するような猫なで声で甘言を囁いて、彼女を翻弄した。
「……たかが、いち官僚の父子が、皇太子暗殺など大それたことを唐突に考えるなど、おかしいだろう? お前が仕組んだのではないか?」
「――知らないって言ってるでしょう!?」
何度否定しても繰り返される問いに、澄蘭は次第に平静を失っていった。
その日も朝から取調室に連行された澄蘭は、荒々しく椅子に腰を下ろした。
今日もまた、埒のあかない無意味な時間が過ぎていく。
(もう、いや……)
澄蘭は、思わず乱暴に髪をかき乱した。
側仕えの女官もおらず、一人で適当に結わえた髪が、ばらばらと零れ落ちる。蘭花の簪が、シャラと音を立てて揺れた。
常であれば冷ややかに澄蘭を見据えている取り調べの宦官が、今朝は妙に清々しい表情を浮かべている。訝しみ、身構える澄蘭に、取調官は酷薄な笑みを浮かべて告げた。
「残念な知らせだ。──温 孝思、璟の両名が今朝、獄中で死亡しているのが発見された」
「……え……?」
澄蘭は、その言葉を呆然と聞いていた。
璟――遠珂が、その父が、どうしたと言うのだ。
言葉を受け止めきれず、目を見開く澄蘭に、宦官は小さく笑って続けた。
「玄以鋭は威信を掛けて、彼らを取り調べたようだな。水責め、たが責め、爪剥ぎ……。他にも数々の拷問の末、温父子は昨晩ついに、罪を認めたそうだ。
皇族へ危害を加えようとした者は、その罪が確定した時点で、処刑される。待ち受ける残酷な刑を恐れ、二人は自ら命を絶ったそうだ」
玄以鋭の調べによると、と取調官は手元に置いた書簡に、ちらりと目を落とした。
顔面を蒼白にした澄蘭の顔へ視線を移し、彼女の恐怖を堪能するかのようにじっくりと眺めたあと、彼はおもむろに口を開く。
「温 璟はある日、お前が身分を偽って城下に降り、貧民と触れ合っていることを知った。後ろ盾を持たないお前が、民の支持を武器に成り上がろうとしていることも、お前との面会の中で聞かされたと言っている。
……貧民たちに施しを与え、奴らの支持を集めようとしていたお前に、玄以鋭は早くから疑いの目を向けていた。温 璟はそのことに気付き、お前を守らねばと焦ったそうだ」
奴がお前に心底惚れていたことは、周囲には知られていたようだしな。
嘲笑うように言う宦官の目付きに、澄蘭は何も言えずに拳を震わせた。
(何を……言っているの? この人は……)
そんな澄蘭をいたぶるように、取調官は手元の書簡を丁寧に読み上げる。
「奴ら自身も、錚雲との交易開始の功績で、民から救世主のように扱われており、調子に乗った面もあるのだろう。
かねてから、自分たちを認めない周囲に反感を抱いていた父親の温 孝思は、お前を権力の座に担ぎ上げ、自分たちが外戚として力を持つことを夢想した」
そんなことは、ありえない。遠珂の父とは、澄蘭は顔を合わせたこともないのだ。
「……皇女が皇太子になるなど、この大礼国では有り得ないのだがな。隣国では珍しいことではないらしい」
所詮は蛮族の末裔だと、取調官の宦官はせせら笑う。
違う、と澄蘭は反射的に声を上げようとした。けれどあまりの衝撃に、言葉を発することが出来ない。
遠珂が死んだ。
身に覚えのない罪を自白して。
(うそ……。うそよ、そんな……!)
彼の死そのものを、受け入れられずにいるのか。自身が冤罪を掛けられたことに、憤っているのか。
自分でも分からないまま、壊れたように澄蘭は頭を振り続けた。全身が震え、歯の根が合わずガタガタと耳障りな音を立てている。
取調官の言うことは、全て出鱈目だ。そんな会話を、遠珂と交わしたことなどない。そう言わなければ、潔白を主張しなければと思うのに、喉からはひゅうひゅうと頼りない息が漏れるだけで、声を出すことが出来ない。
重苦しい空気の漂う取り調べ室に、その時、部屋の扉が開く音が響き渡った。
正午の休憩時間に茶が差し入れられる以外には、聴取の途中で聞くことのなかったその音に、取調官である宦官が背後を振り返る。澄蘭も釣られてその視線を追い、息を飲んだ。
年若い宦官に連れられて部屋に入ってきたのは、真新しい青の袍に身を包み、丁寧に整えた髪に親王位を表す冠を載せた第二皇子──義兄の穏翊だった。
「穏翊お義兄様……!」
慕わしい義兄の姿に、混乱していた澄蘭の緊張が一気に解けた。強ばっていた喉から、悲鳴のような声が漏れる。澄蘭の声を聞き、穏翊は整った涼やかな美貌に憂いの表情を浮かべた。
穏翊は澄蘭に歩み寄り、労わるように、「大変だったね、大丈夫かい?」と声を掛ける。澄蘭の肩から力が抜けた。自分を案じる義兄のいつも通りの優しい声に、澄蘭は顔を覆い、全身を安堵に震わせる。
(お義兄様が、来てくださった……。きっと、もう大丈夫)
彼女は気付かなかった。
閉ざされた視界の向こうで、穏翊が静かに右手を掲げる。その合図を受け、苦々しい表情になった取調官をはじめとした宦官たちが、音もなく退出していったことを。




