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蘭花伝 ──黎明の皇女は天命に抗う──  作者: 冬生 恵
【第三章】闇に堕ちる
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二十二. 戸惑いの中で

 取調室は、換気のための小さな窓を取られたほかは、宦官(かんがん)が背にした扉以外に、出入口はない。数人が入れば息苦しさを感じる狭い空間には、冬の初めの北風が、板の隙間から容赦なく吹き込んでくる。

 距離を置いていくつか並んだ取調室では、澄蘭(ちょうらん)以外にも取り調べを受けている者がいるのか、時折、女性のものと思しき甲高い怒声が響いていた。





 取調室内に漂う冷気に、澄蘭はぶるりと肩を震わせる。


 夜着一枚で拘束され、そのまま牢で一夜を明かした澄蘭には、翌朝、一着の粗末な襖裙(おうくん)が与えられたのみだった。


 澄蘭が入れられた石畳の牢は、窮屈な床榻(しょうとう)と、小さな食卓だけでいっぱいになってしまう広さのものだ。鍵も厳重で、通路との境はもちろんのこと、小さな窓ですら頑丈な格子で覆われ、手を差し入れる隙間もなかった。

 身の回りの世話をする者などおらず、朝夕の食事も重湯(おもゆ)のような粥と、申し訳程度の(おかず)が一品。

 湯浴みも許されず、一日おきに着替えと清拭用の布が一枚、湯桶が一杯差し入れられるだけであった。湯桶の湯が十分に温められていることだけが、唯一の救いである有様だった。


 皇女としての身分は残っているため、最低限の尊厳は保たれている。拘束時に咄嗟に持ち出した、義兄に買ってもらった蝶花の(かんざし)も、歯先を丹念に潰した上で、身に着けることは許された。


 それでも、身を襲った突然の出来事に、澄蘭は屈辱と混乱と恐怖から叫び出したくなるのを、懸命に堪えていた。






(おん)忠業(ちゅうぎょう)が、直謙(ちょくけん)様を害そうとしたなんて……あり得ない。馬鹿げている)


 何かの間違いだと、澄蘭(ちょうらん)は色あせた黄蘗(きはだ)の衣の中で拳を握り締めた。




 澄蘭が城下町へ降りていたことも、市民と交流を持っていたことも、遠珂(えんか)が知るはずもなかった。喧嘩別れしたあの日、澄蘭が女官に扮して外へ出ようとした姿を初めて目にし、彼はひどく動揺していたのだ。


 その時の言い争いの内容を思い出し、澄蘭は密かに唇を噛んだ。


 彼は澄蘭の行動を咎め、部屋に戻るよう声を荒げた。彼女が外に出ることを、快く思っていなかったはずだ。

 取調官の言う、「澄蘭が皇太子位に野心を抱いて貧民に近付き、それを察した遠珂が彼女の意に沿おうとして、皇太子に手を掛けようとした」など、あるはずがない。





 そもそも、澄蘭は義兄の地位の簒奪(さんだつ)など、考えたこともなかった。

 苦しむ民のために何かしたいと願いはしたが、義兄の立場を脅かすつもりなど毛頭ない。

 穏翊(おんよく)が二人きりの馬車の中で発した、澄蘭が政治に関わることを望むような彼の言葉は、まったく予想外のもので、澄蘭はひやりとしたほどだ──




 思い至り、澄蘭は知らず息を飲む。




 もしや、馬車を操っていた穏翊の配下が、やはり彼の言葉を聞いてしまっていたのだろうか。それが変な形で遠珂に伝わってしまったか、あるいは良からぬことを企む第三者に知られてしまい、利用されたのではないだろうか。


 顔色を変えた澄蘭に、取調官は何度も言い方を変えて詰問を繰り返す。心を閉ざすように一度息を深く吸った後は、澄蘭は何を言われても「知らない」と繰り返した。





 『澄蘭に累が及ばないよう、命に影響のない微量の毒を盛っても構わない』──指示書に記されていたというその文言が、澄蘭の心に苦く重く居座っていた。




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