表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蘭花伝 ──黎明の皇女は天命に抗う──  作者: 冬生 恵
【第三章】闇に堕ちる
23/43

二十一. 取調室にて

「……私は、何も知りません」





 何十回、下手をすれば何百回にもなる言葉を、澄蘭(ちょうらん)は繰り返した。

 婚約者の(おん) 遠珂(えんか)が、父と共に皇太子暗殺を企てたと聞かされた、あの晩。その共犯の疑いを掛けられ、唐突に身柄を拘束されてから、すでに三日が経過していた。


 内廷(ないてい)の北西の端、罪を犯した女性皇族が身柄を拘束される幽月牢(ゆうげつろう)に収容された澄蘭は、日の出とともに始まった取り調べに、険しい表情で応じていた。






 初日に影廠(えいしょう)所属の宦官(かんがん)から聞かされた話は、彼女にとってまさに、青天(せいてん)霹靂(へきれき)と言うべき内容であった。


 義兄である皇太子の直謙(ちょくけん)の前日の朝餉(あさげ)に、遠珂たちの命令で毒が盛られたというのだ。


「そんな……」


 息を飲んだ澄蘭の前で、取り調べ官は淡々と事件についての説明を続けた。


 用いられたのは、礼の西南地方――隣国・錚雲(しょううん)にほど近い地域に育つ植物を、乾燥させ粉状にした毒であったという。その植物毒は、密かに皇太子の朝食に混ぜられ、遅効性であったため毒見をすり抜けてしまった。


 ただし、その朝に限っては、直謙は朝餉を口にしていなかった。内廷に暮らす懐妊中の皇太子妃が、産み月よりも早く異変を訴えたため、知らせを聞いた直謙は、食事を口にすることもなく央廷(おうてい)を出ていたそうだ。

 前触れもなく、皇太子の毒見が口から泡を吹いて倒れたのは、太陽が南天に差し掛かり始めた、(うま)の刻の初め。皇太子妃の体調が持ち直し、内廷の空気がひとまず落ち着いた頃であったそうだ。毒味の宦官は、目を覚ますことなく息を引き取った。







 調理を担当した司食労(ししょくろう)の女官の一人が、すぐさま、その身柄を影廠に捕らえられた。遠珂の父の遠縁にあたる女性だったそうだ。彼女の暮らす女官寮の部屋にも、影廠(えいしょう)の手が入り、行李(こうり)の奥底から、彼女に犯行を指示する、細かな記載の文が見つかった。



「記された内容は、次の通りだ」


 澄蘭の反応を楽しむように、取り調べ官は勿体を付けて読み上げた。



『指示書に添えられた毒を、秘密裏に皇太子の食事に盛ること。

決行は、第二皇子である穏翊(おんよく)殿下に容疑が向くよう、彼が公務の関係で皇太子と接触した直後とすること。

彼以外の皇族が疑われることのないよう──特に、澄蘭公主には累が及ばないよう、注意すること。たとえば、命に影響のない微量の毒を、同様に盛っても構わない』



 拷問を恐れた女官は、温父子(おやこ)からの命令であったことを早々と自供した。指示書の筆致も、公的書類に残る遠珂の父のものによく似ていたため、彼らは外廷(がいてい)玄以鋭(げんいえい)――皇帝直下の治安維持部隊――に拘束され、厳しい取り調べを受けている。


 指示書に名前があったことから、澄蘭も関与を疑われた。ただし、明確な証拠はなかったことから、皇族専用の牢と、影廠の取調室を往復する日々を送っている。





 あくまで身に覚えのない澄蘭は、拘束の翌朝早くから始まった取り調べで、真っ先に否定の言葉を述べた。

 しかし、目前に座る影廠(えいしょう)副帥(ふくすい)──内廷(ないてい)を取り締まる組織の第二層位にある壮年の宦官は、冷めた笑みを浮かべるのみだった。

 刃物のように鋭い一重の瞳と、色の悪い薄い唇に酷薄な笑みを浮かべた取調官は、凍える声で澄蘭に突き付けた。


「……我々が何も知らないとお思いか? 貴女が日々密かに城下に降り、貧民と交流を持ち彼らの歓心を得ようとしていたことは、既に皇帝陛下も御存知である。

皇女──それも中級妃の娘でありながら、分不相応な野心を抱き、温 (けい)(そそのか)したのではないか?」


 澄蘭が違うと主張しても、彼らは全く取り合う様子を見せなかった。


 許可なく城下町へ降りていたことは、事実である。そのため、澄蘭も強くは出られない。彼女の行動を把握しているのならば、同行者──義兄の穏翊(おんよく)のことも、父帝には筒抜けなのだろう。



(お義兄様(にいさま)にまで、迷惑をかけるわけにはいかない……)



 明白な証拠を持たない影廠(えいしょう)の取調官らは、澄蘭を皇族として遇し続けるほかなく、無理な取り調べを行うことも出来ない。彼らは日々苛々を募らせ、時折声を荒げては澄蘭を威圧し、彼女の自白を引き出そうとしていた。

 その怒声に内心(すく)み上がりながらも、澄蘭は「何も知らない」、「自分は関係ない」と首を振り続けている。

 状況は膠着(こうちゃく)し、けれど互いに引くことも出来ず、取り調べは堂々巡りを繰り返していた。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ