二十一. 取調室にて
「……私は、何も知りません」
何十回、下手をすれば何百回にもなる言葉を、澄蘭は繰り返した。
婚約者の温 遠珂が、父と共に皇太子暗殺を企てたと聞かされた、あの晩。その共犯の疑いを掛けられ、唐突に身柄を拘束されてから、すでに三日が経過していた。
内廷の北西の端、罪を犯した女性皇族が身柄を拘束される幽月牢に収容された澄蘭は、日の出とともに始まった取り調べに、険しい表情で応じていた。
初日に影廠所属の宦官から聞かされた話は、彼女にとってまさに、青天の霹靂と言うべき内容であった。
義兄である皇太子の直謙の前日の朝餉に、遠珂たちの命令で毒が盛られたというのだ。
「そんな……」
息を飲んだ澄蘭の前で、取り調べ官は淡々と事件についての説明を続けた。
用いられたのは、礼の西南地方――隣国・錚雲にほど近い地域に育つ植物を、乾燥させ粉状にした毒であったという。その植物毒は、密かに皇太子の朝食に混ぜられ、遅効性であったため毒見をすり抜けてしまった。
ただし、その朝に限っては、直謙は朝餉を口にしていなかった。内廷に暮らす懐妊中の皇太子妃が、産み月よりも早く異変を訴えたため、知らせを聞いた直謙は、食事を口にすることもなく央廷を出ていたそうだ。
前触れもなく、皇太子の毒見が口から泡を吹いて倒れたのは、太陽が南天に差し掛かり始めた、午の刻の初め。皇太子妃の体調が持ち直し、内廷の空気がひとまず落ち着いた頃であったそうだ。毒味の宦官は、目を覚ますことなく息を引き取った。
調理を担当した司食労の女官の一人が、すぐさま、その身柄を影廠に捕らえられた。遠珂の父の遠縁にあたる女性だったそうだ。彼女の暮らす女官寮の部屋にも、影廠の手が入り、行李の奥底から、彼女に犯行を指示する、細かな記載の文が見つかった。
「記された内容は、次の通りだ」
澄蘭の反応を楽しむように、取り調べ官は勿体を付けて読み上げた。
『指示書に添えられた毒を、秘密裏に皇太子の食事に盛ること。
決行は、第二皇子である穏翊殿下に容疑が向くよう、彼が公務の関係で皇太子と接触した直後とすること。
彼以外の皇族が疑われることのないよう──特に、澄蘭公主には累が及ばないよう、注意すること。たとえば、命に影響のない微量の毒を、同様に盛っても構わない』
拷問を恐れた女官は、温父子からの命令であったことを早々と自供した。指示書の筆致も、公的書類に残る遠珂の父のものによく似ていたため、彼らは外廷の玄以鋭――皇帝直下の治安維持部隊――に拘束され、厳しい取り調べを受けている。
指示書に名前があったことから、澄蘭も関与を疑われた。ただし、明確な証拠はなかったことから、皇族専用の牢と、影廠の取調室を往復する日々を送っている。
あくまで身に覚えのない澄蘭は、拘束の翌朝早くから始まった取り調べで、真っ先に否定の言葉を述べた。
しかし、目前に座る影廠の副帥──内廷を取り締まる組織の第二層位にある壮年の宦官は、冷めた笑みを浮かべるのみだった。
刃物のように鋭い一重の瞳と、色の悪い薄い唇に酷薄な笑みを浮かべた取調官は、凍える声で澄蘭に突き付けた。
「……我々が何も知らないとお思いか? 貴女が日々密かに城下に降り、貧民と交流を持ち彼らの歓心を得ようとしていたことは、既に皇帝陛下も御存知である。
皇女──それも中級妃の娘でありながら、分不相応な野心を抱き、温 璟を唆したのではないか?」
澄蘭が違うと主張しても、彼らは全く取り合う様子を見せなかった。
許可なく城下町へ降りていたことは、事実である。そのため、澄蘭も強くは出られない。彼女の行動を把握しているのならば、同行者──義兄の穏翊のことも、父帝には筒抜けなのだろう。
(お義兄様にまで、迷惑をかけるわけにはいかない……)
明白な証拠を持たない影廠の取調官らは、澄蘭を皇族として遇し続けるほかなく、無理な取り調べを行うことも出来ない。彼らは日々苛々を募らせ、時折声を荒げては澄蘭を威圧し、彼女の自白を引き出そうとしていた。
その怒声に内心竦み上がりながらも、澄蘭は「何も知らない」、「自分は関係ない」と首を振り続けている。
状況は膠着し、けれど互いに引くことも出来ず、取り調べは堂々巡りを繰り返していた。




