Chapter 2 The Ripple of Error 02
それから少しだけ話は続いた。主にアイの方は私に何かを教えるのをあまり好まないようで、結局ユウと二人で話す形になった。
彼らが二年前に消えたのは、異世界に送られていたからだそうだ。
そして、魔王を倒した後、ユウが要求したこと……その偉業を成し遂げた褒美として、元の世界への帰還を選んだ。それが、私が彼らは行方不明になったと思っていた後、突然ユウとアイが顔を出した理由だった。
他の人たちがなぜ彼らの不在に気づかなかったのかというと、女神による「整理」のおかげで、ユウが消えた期間と現在との繋がりが滑らかにされていたからだ、と説明された。
私がまとめるとすれば、こうなるだろう。元の世界に戻りたいという願いを叶える女神の力が、二年間という不在期間をまるでなかったことにした、と。
まあ、便利だよな。もし二年間も行方不明になっていたユウが急に戻ってきたとしたら、どう転んでも何かしらの問題は起きるはずだ。
「大変だったな」
ユウと一緒に帰宅する途中で、私はそう言った。
私たちの家は偶然近くてさ。誰かと一緒に家に帰るのはこれが初めてだな。
「ん?昼間に話したことか?ぶっちゃけ、それほど大変じゃなかったよ。異世界に行くって話がだいたいわかってたからよかったな。結局、あの二年間の間は、めちゃくちゃリアルなゲームをプレイしてるみたいなもんだったし」
「そうだよな。私は見たことないけど、マンガやアニメでもああいう系統の話は多いんだろ?」
今どき、見たことがなくても「異世界」って単語を聞けば、だいたい想像がつくだろう。
「そうそう。だから俺はかなり有利だったんだ。でもアイは……あいつ、そういう話には詳しくないからさ。向こうの世界って、ゲームみたいなシステムを使ってるんだけど、アイはゲームもしたことないし。最初はあいつ、かなり苦労しただろうな」
「え?お前ら、一緒に異世界に行ったんじゃないのか?」
だって、二人が一緒に消えたのを覚えてるからな。
ユウは首を振った。
「うーん、どう言えばいいかな……」
「うん?」
「俺が死んだ時、女神に選ばれて異世界に行ったんだ。……で、アイは……考えてみれば、あいつがどういう経緯でそこに辿り着いたのか、俺も知らないんだよな。俺とアイが再会したのは、元の世界に戻る前の最後の二、三ヶ月くらい前だったし」
「じゃあ、お前はアイも異世界に送られてたって知らずに、一年以上もあそこで生活してたってことか?」
「ああ。でも、あいつは知ってたみたいだぞ。初めて会った時、驚いたのは俺だけだったからな」
結構、面倒くさいことになってたんだな。俺はてっきり、この二人は二年間ずっと異世界で一緒にいたんだと思ってたよ。
ユウは手を振った。
「ちょっと騙して聞いてみたんだけど、あいつが教えてくれたのは、『堕ちた神に連れて行かれた』ってことだけだったな」
「えっ!?」
「どうした?」
堕ちた神。私はその言葉を心の中で反芻してから聞いた。
「ユウ、ディコイルがアイに言った言葉、覚えてるか?」
「言った言葉……ディコイルがなんて言ったっけ?」
「アイは『堕ちた神のオモチャ』だって言ったんだ」
ユウは唸った。
「ああ……そんなこと言ってた気がするな?ってことは、ディコイルはアイのこと、結構知ってるってことか」
「アイにもう一度、ちゃんと言いなさいって聞いてみたらどうだ?」
「いいよ。あいつが言いたくないなら、それなりの理由があるんだろ。俺はあいつの性格をよく知ってるからな」
歩きながら話していると、突然、後ろから黒猫が飛び出してきて、ユウの肩に飛び乗った。
「おや?ブラッキー?」ユウは目を瞬かせた。
私は驚いて尋ねた。
「野良猫じゃないのか?」
「アイの『Summon(召喚)』だよ」
…あの魔法使い、手札が多すぎだろ。あんなムカつく態度をとるくせに、こんな可愛いペットを飼ってるなんて。
私は小さな猫を見て、ある種の引力を感じた……ちょっと撫でてみたい。
だが、手が触れようとした瞬間。
「さわるな!この汚らわしい女め!!!」
「喋った!?」
猫が喋った……って、今私が経験してることに比べたら、驚くべきことなのか、もう?
ブラッキーは私を睨みつけた。
「アイ様は貴様に譲らんぞ」
「何言ってんのよ!?」
「欲しいなら、この弟をくれてやるよ。くれてやるから」
そこでユウが口を挟んだ。
「エヴァをからかうなよ。それと……何か用事か?」
アイは自分が不都合な時に連絡を送るためにSummonを使うらしい。ブラッキーは、この世界で目立たずに動ける唯一のSummonなのだとか。
「アイ様がお呼びだ。二人とも」
「私も?」私は不思議に思って自分を指差した。
「そうだ。来なくてもいいけどな」
「……」
理由もわからないまま嫌われてしまった。残念だな。この猫、喋れるだけじゃなくて、めちゃくちゃ可愛いのに。
「もうすぐ家に着くのにな。実際、お前がわざわざ呼びに来なくてもよかったんじゃないか?」ユウが尋ねた。
ユウの家がどこにあるかは知らないが、同じ方向に帰っているということは、本当に近いのだろう。だって、もう少し歩けば私の家にも着くんだから。
アイは学校には影の分身を送って授業を受けていたが、本体は家にいるはずだ。
ブラッキーは肉球を舐めながら言った。
「この弟よ、馬鹿も休み休み言え。あの世界から戻ってきて以来、アイ様はほとんど家にいないぞ」
「は?」
「お前と一緒にいたのは、ただの影だ」
「はあ!!?」
「……マジかよ」私は呟いた。
ユウは歯を食いしばり、拳を固く握った。
「影を送って学校に来させてたのはまだしも、まさか自分の代わりに偽物をずっと家に置いてたってのか!?家の中に!?」
「聞いて少しは気が楽になるかわからんがな、弟よ。アイ様はお前と一緒にいるために、一番出来の悪い影を使っていたぞ」
「それで気が楽になるか!!!」
「俺の推測だがな。もしお前が見破れたら、アイ様は家に戻ってきてくれたんじゃないか?」
「なんで俺のせいになってんだよ!」
ユウはしばらくイライラしていた。
「はあ……で、あいつはどこで会いたいんだ?」
ユウがそう尋ねると、ブラッキーは今アイがいる場所を教えてくれた。それを聞いて私は……
「ニュースになってたところか?」と聞いてみた。
「ニュース?」「ミャア?」
「二週間くらい前からだ。……あの変な爆発事故。宇宙人の着陸痕だとか言われてるやつだよ」
アイが私たちを呼び出した場所は、あの謎の事故現場と同じ場所だった。
「へえ……そこまで行ってたのか。俺、あまりニュース追わないからな。ところで、なんでアイはあんなところに呼び出すんだ?ブラッキー」
ブラッキーは目を閉じて、眠たそうな顔でユウの肩に体を預けた。
「俺が伝えるのはここまでだ。早く行け。アイ様は待たれるのが嫌いだ」
「わかった、すぐ行くよ。色々と文句を言わなきゃならないことが多いからな」
「なあユウ……お前、アイが学校に行かなくて済むのが羨ましいだけなんじゃないのか……」
「それもムカつく!でももっとムカつくのは、この二週間、あの野郎が俺を影と一緒にいさせてたってことだろ!?俺がそいつと何本映画を見たか知ってるか!」
ブラッキーが口を挟んだ。
「でも、影たちは俺に言ってたぞ。お前が開いてくれた映画は全部面白かったって」
「マジで?」
「ああ。影たちはあまりリラックスできないんだ。お前と一緒になって、頭を使わないで映画を見てるのが、心地よかったらしい」
「そ、そうか……」
ユウは、褒められているのか罵倒されているのかわからずに混乱しているようだった。
そして私は……
「……アイの影って、意識があるのか……」
だが、私のその質問は誰にも聞こえなかったようで、結局、私たちは二週間前に起こった奇妙な事故現場へと向かうことになった。
…二週間か。なんとなく、察しがついてきたぞ。
そして、私たちは到着した。家からあまり離れていなかったから、移動時間は二十分ほどだ。
常盤の森。
数年前に都市計画が改正され、街中が居住地として整備され、観光客も受け入れるようになったにもかかわらず、この森だけは地主が取り壊しを拒んだと聞いている。
地主がいるとはいえ、ここは手つかずの自然が色濃く残る森で、まるで手を加えられていないかのように見える。しかも、公園のように一般公開されていて、ルールは「清潔に保つこと」だけだという大盤振る舞いだ。
そういうわけで、普段、常盤の森は放課後や仕事終わりに息抜きに来る人や、公園代わりに子どもを連れて散歩に来るお母さんたちで賑わっている。
ところが……中に入ってから、誰一人見かけない。誰の仕業かなんて、聞くまでもない。
事故現場に着くと、規制線の跡らしきものは見えるが、ニュースで見た最初の頃ほど厳重ではなかったようだ。そして、アイがそこに立って待っていた。
彼は、まるで浮浪者のような黒いパーカーを着ていたが、黒い手袋はいつも通りだ。もちろん、制服なんか着ていない。
「アイ!」
「遅いぞ……ここはお前らの家からそんなに遠く「何やってんだ?」
ユウはアイに向かって拳を突き出した。本気で殴るつもりだったのかはわからないが、アイは無表情でその拳を受け止めた。
「まだすまし顔してやがる!この野郎!」
「俺がお前に何か怒られるようなことをしたか?」
「俺と一緒にいたのが、ずっと影の分身だったってことだろ!?」
「ああ……」
「『あー』じゃねえ!」
アイの顔は、これ以上話したくないという、心底うんざりした表情だった。だが、何か言わないとユウがしつこく絡んでくるだろうから、アイは仕方なく口を開いた。
「……用事があったんだ」
「学校に行く以外の用事なんてあるのかよ!?」
「結局、お前は俺の何に対して怒ってるんだ?」
「どっちにもだよ!」
この二人が喧嘩するのを見るのには、もう慣れてきたな。なんだか、見ていて飽きない気もする。
アイは視線をユウの肩にいる生物に移した。
「お前、ユウに言ったのか?」
その言葉に、ブラッキーはビクッと体を震わせた。ピンと立っていた耳がへこみ、体が縮こまったように見える。
「……お、俺は騙されて聞いたんだ」
「とぼけるんじゃねえ!ブラッキー!お前が俺に教えたんだろ!」
「……ち、ちがうもん」
ブラッキーはアイがめちゃくちゃ怖いんだろうな。うーん……中立の立場の私が何か言うべきなんだろうけど、あまり関わりたくないし、黙っておくか。
アイはため息をついた。
「はあ……落ち着いたか?ユウ」
「後でちゃんと謝れよ!」
「はいはい」
アイは適当に返事をすると、私の方を見た。
「お前……ちょっと見て、何が見えるか言ってみろ」
「え?」
「何か痕跡が見えるか?」
これが、私を呼んだ理由のようだ。そしてアイが私に見てほしいものとは……二週間前に起こった奇妙な爆発事故の現場。
爆発の痕跡は、私がニュースで見た通り、そのまま残っていた。
何かが中心点から爆発し、円形になって周囲の空間を飲み込み、空っぽになった跡。
私たちは、その爆発跡地の境界線に立っている。
……オーラ。いや、これは魔力と呼ぶべきか。
魔力が中心点に凝縮されていて、さらに多くの線が多方向に伸びており、遠すぎてどこで終わっているのか見えない。
私はアイに、見えたものをそのまま伝えた。
「……わかった。俺に見えない異物は存在しないようだな」
「どういう意味だ?」私は尋ねた。
「お前が見たのは、『亀裂』から漏れ出た魔力の痕跡だ……ここがディコイルが異世界から越えてきた場所だろう。女神の目を持ってしてもこれしか見えないなら、これしかないということだ」
「やっぱり、ここも異世界と関係してたのか……」
私はそう呟いた。時期がぴったりすぎて、予想はついていた。
ユウが尋ねた。
「じゃあ、この爆発事故は宇宙人じゃなくて、ディコイルの仕業だったってことか?」
私もそう思っていた。
だが、アイは首を横に振った。
「違う。ここは……不安定な亀裂だ。ディコイルの仕業じゃない……」
「「え?」」
私とユウは顔を見合わせた。
……どういう意味だ?ディコイルの仕業じゃないとしたら、一体誰の仕業なんだ?
二人が疑問に思っていると、アイは大きなため息をついた。
「……俺の仕業だ」そして、彼は言葉を訂正した。「……俺とユウの仕業だ」




