第8話 見えない刃
冒険者ギルドの朝は、静かにざわついていた。
受付の背後で、囁きが雪のように降り積もる。
「最近、鑑定より“試験”が信用されてるらしいぞ……」
「例の異世界人が広めた方法だろ?」
「でも、王国公認の鑑定士様の権威に逆らえるのか?」
噂は、名前を持たないまま形を変える。
誰が言い始めたかも分からないまま――ただ、確実に広がっていた。
リネは眉を寄せて周囲を見回す。
「……変な空気です。『悠真さんは危険人物』みたいな言い方までされてます。」
悠真は落ち着いた様子で、手帳を閉じる。
「自然な広がりじゃない。誰かが流してる。」
そこで、バルドがどっしりと歩み寄ってきた。
「職人たちから連絡がきた。お前との取引を“見合わせたい”そうだ。」
リネが息を呑む。
「どうして……? 悠真さんは、誰も傷つけてないのに……」
「傷つけてねぇが、“困る奴”はいる。」
バルドは低く言った。
「鑑定制度で商売してる連中にとっちゃ、“試験”って考え方は脅威なんだ。」
悠真は頷いた。
「……そう来たか。」
⸻
その日の昼。
広場を歩くと、柔らかな足音が背後から近づいてきた。
「……やはり君は、気づいていたか。」
振り返ると、白い外套を纏う男――フォルン が立っていた。
リネは身を固くする。
フォルンは感情を感じさせない声で言った。
「誤解しないでほしい。私は君を個人として憎んでいるわけではない。」
悠真は視線をそらさない。
「なら、噂を止めろ。取引停止も。」
「それは私ではない。王国自身が動いている。」
フォルンは淡々と告げた。
「鑑定は“国が世界を測る基準”だ。
基準が揺らげば、税も軍も貴族資産も、すべてが崩れる。」
リネは叫ぶ。
「じゃあ、真実を偽ってもいいって言うんですか!?」
フォルンの瞳が静かに揺れた。
その一瞬だけ、痛みのようなものが見えた。
「真実が、必ずしも人を救うとは限らない。」
「正しさは時に、国を壊す。」
言い捨てず、ただ静かに背を向ける。
脅しの言葉は一つもない。
だが――空気だけが冷たくなった。
⸻
夜。
帰路の石畳に、影がふたつ落ちる。
「……来たな。」
黒衣の男たちが、音もなく姿を現した。
王国直属暗殺部隊――《影手》。
「神崎悠真。王命により排除する。」
リネが息を呑む暇もなく、悠真は手早く 火花石 を割った。
弾けた閃光が暗闇を裂く。
「走れ!」
戦うためではない。
生きるために、逃げる。
二人は夜の路地裏へ駆け込んだ。
⸻
廃屋の軒下で、リネは震えていた。
「……どうして……どうして殺されなきゃいけないんですか……!」
悠真は、静かに答えた。
「“正しいこと”は、誰かにとって“都合が悪い”。
それだけだ。」
拳ではなく、思想の衝突。
その重さを、リネは初めて理解した。
⸻
その時――背後から、柔らかな声がした。
「……だから言ったでしょう。信仰と科学は、どこまでも交わらないと。」
月明かりの下に立つのは、銀髪の薬師――マリア=クローヴァ。
リネが息を飲む。
「マリア……先生……」
マリアは白衣を揺らし、悠真を見据える。
「あなたの“試験”が広まれば、世界は変わります。
だが、この国はそれを許さない。」
「では、どうしろと言う?」
「逃げなさい。」
マリアは淡々と言う。
「隣国には、鑑定制度のない領地がある。
そこでなら――あなたの方法も根付く。」
悠真は少し目を伏せ、そして静かに笑った。
「逃げない。
ただし――ここで戦うわけでもない。」
リネが見上げる。
悠真は言った。
「“試験局”を作る。
基準は国ではなく、“人に戻す”ために。」
リネの瞳に光が戻る。
バルドの拳は静かに震える。
マリアは小さく息をつく。
「……その道は、容易ではないわ。」
悠真:
「知ってる。だから、やる。」
夜風が、決意をさらう。
物語は、思想の戦いへ移る。




