第4話「武器と嘘の重さ」
王都エルディア西区、鍛冶職人街。
赤く燃える炉の光が石畳を照らし、鉄を叩く音が通りを満たしていた。
その喧噪の中を、神崎悠真とリネ=ファルネアは歩いていた。
「新しい依頼ですよ。“聖銀剣”が折れた事件の調査だそうです。」
リネが報告書を読み上げる。
「鑑定結果はどれもA級。でも、実戦で数回振っただけで真っ二つ……」
悠真は眉をひそめ、折れた剣を手に取った。
断面を覗き込み、無言で指先を滑らせる。
「……内部に空洞。鋳造の際、魔力冷却を省いたな。」
「省いた……つまり手抜きですか?」
「量産優先。見た目だけ整えて“高品質”を装った。どこの世界でもある話だ。」
リネは肩をすくめた。「でも、王国公認の鍛冶ギルドがそんな……」
悠真は短く息を吐いた。「神託より、数字の方が嘘をつかない。」
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調査を進めようと、鍛冶職人たちに話を聞く。
だが、皆が同じ言葉で答えた。
「悪いが、あの工房のことは話せねぇ。命が惜しい。」
聖銀剣を製造したのは《ヴァルハイト工房》。
王国から独占認可を受けた大ギルドだ。
内部告発など、した瞬間に職を失う。
リネが不安げに言った。「暴いたら……あなたまで狙われますよ?」
悠真は苦く笑った。「俺が信じるのは数字だけだ。数字は脅せない。」
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裏路地に入った時だった。
小さな背中が鉄屑を拾い集めているのが見えた。
「おい、少年。何してる?」
少年は驚いて振り向いた。
煤だらけの顔に、真っ直ぐな瞳があった。
「……素材の再利用です。俺、鍛冶見習いなんで。」
名はルド。十五歳。
手にしていたのは、自作の剣。
だが鑑定では「Bランク・失敗作」と断定され、廃棄されたという。
悠真はその剣を受け取ると、近くの試験台に置き、ハンマーを振り下ろした。
ガンッ――火花が散る。
「……歪まない。」
もう一撃。
それでも刃は折れず、僅かに欠けただけだった。
悠真は静かに言った。「この剣、聖銀剣の三倍は丈夫だ。」
ルドの目が揺れる。「そ、そんな……だって鑑定はBで……!」
「鑑定は見た目しか見ない。お前のは鍛造温度が均一だ。理想的な仕上がりだよ。」
リネが笑った。「つまり、ちゃんと“汗で作った本物”ってことですね。」
悠真は立ち上がり、ルドに手を差し出した。
「協力してくれ。お前の剣を、数字で証明する。」
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三人は廃工房を借り、比較試験を始めた。
硬度計を叩き、魔力流動を測定し、衝撃試験を行う。
結果は明白だった。
・聖銀剣:初撃で亀裂。内部に魔力の偏り。
・ルド剣:三十回の打撃にも耐える。熱処理も均一。
「……これが“鑑定A級”と“B級”の差、ですか?」
リネが皮肉っぽく呟く。
悠真は静かに答えた。「見栄えだけ立派なブランド製品だ。中身はスカスカ。」
ルドは拳を握りしめる。「俺たち見習いは、鑑定で全部決まるんです。
努力しても、神の声ひとつで“失敗”になる……!」
悠真はノートを閉じた。「なら、俺たちが証明してやる。数字で。」
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ギルド長バルドに試験報告を提出すると、
男は目を丸くした。「本当に折れねぇのか、その剣?」
「見ますか?」悠真が手に取る。
彼は聖銀剣とルド剣を机に置き、同じ角度で叩きつけた。
聖銀剣――真っ二つ。
ルド剣――無傷。
バルドはしばらく沈黙し、やがて笑い出した。
「ハハッ……お前ら、面白ぇ! ヴァルハイトの鼻を明かしてやろう!」
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査察当日。
ヴァルハイト工房の幹部たちが怒声を上げた。
「転移者風情が我らを侮辱するか!」
「神託の鑑定を否定するとは不敬だ!」
悠真は黙って前に進む。
手にした剣を机の上に置き、無言で叩きつけた。
パキンッ――聖銀剣が折れる。
続けてルド剣。
鈍い音を立てたが、形はそのままだ。
「見た目は立派でも、中身が腐ってりゃ命は守れねぇ。」
悠真の声が静かに響く。
「俺たちは“神の声”じゃなく、“命の現実”を守る。」
リネが隣で頷く。
「鑑定より、実測が人を救うんです。」
バルドが立ち上がり、宣言した。
「これが本物の職人だ。神の鑑定より、職人の汗を信じる!」
拍手が広がり、工房の空気が一変する。
ルドの頬を涙が伝った。
悠真はその肩を叩き、笑った。
「お前の剣は合格だ。これからは――“試験局”の技術士として働け。」
「はいっ!」
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夕暮れの職人街。
リネが呟く。
「……あなた、本気でこの国を変えるつもりですね。」
悠真は歩きながら答えた。
「嘘を“検査不合格”にする。それが俺の仕事だ。」
炉の火がゆらめき、三人の影を長く伸ばした。
その日、異世界に“品質試験局”という新たな信頼の灯が灯った。




