第3話「薬草の嘘」
王都エルディアの中央学区。
魔法と学問の象徴──王立錬金学会の大講堂は、今、歓声と拍手に包まれていた。
壇上に立つのは、白衣をまとった一人の女性。
銀髪をまとめ、優雅にほほえむ姿。その名はマリア=クローヴァ。
錬金学会でもっとも有名な“天才薬師”であり、リネ=ファルネアの恩師だった。
「この新薬《エリュシアの雫》こそ、神より賜りし治癒の奇跡です。
たとえ致命傷であろうとも、ただ一滴で癒えるでしょう!」
鑑定士が魔法陣を描き、神託の声を受ける。
結果は──「等級S、万能治癒薬」。
会場がどよめき、錬金学徒たちが歓喜の声を上げる。
リネの瞳も輝いていた。
「すごい……! マリア先生、やっぱり本物です!」
だが隣で腕を組む男、神崎悠真だけが静かだった。
人々の熱狂の中で、彼は冷めた視線を向ける。
「“万能治癒”ね。……そんな薬、現実に存在したら医者はいらない。」
リネがむっと頬をふくらませる。
「またそうやって水を差すんですか? 鑑定がSって言ってるんですよ?」
悠真は無表情で答えた。
「鑑定の“基準”が信用できるならな。
――あの試料、少しもらえないか?」
その声に、会場の空気がぴたりと止まった。
壇上のマリアが眉をひそめる。
「……あなたは?」
「冒険者ギルド顧問技師、神崎悠真。品質試験官だ。」
「品質……試験?」
周囲の学徒が首をかしげる。悠真は続けた。
「この薬が本当に“万能治癒薬”か、試して確かめたい。鑑定以外の方法で。」
一瞬にして講堂がざわめきに変わる。
フォルン=エルグレア、王国鑑定士が立ち上がった。
「不敬だぞ、貴様。鑑定とは神の眼だ。
それを疑うというのか?」
悠真は静かに返した。
「疑うんじゃない。“確かめる”んだ。命を守るにはな。」
その夜、彼とリネは人里離れた森で、薬の実地試験を始めた。
焚き火の光に照らされた試験台の上、
リネが小さなケージを見つめる。中には怪我をした野ウサギがいた。
「……かわいそう。でも、仕方ないですよね」
悠真は淡々と薬液をスポイトで吸い上げる。
「実験動物には十分な治癒魔法を用意しておく。死なせはしない。」
一滴、ウサギの口に落とす。
瞬間、傷口が淡い光を放ち、みるみるうちにふさがっていく。
リネが目を見開く。
「すごい……! 本当に治ってる!」
悠真は無言で計測器を見つめた。
魔力濃度、脈拍、体温──すべてが上昇。
だが、30分後。数値は一転して急降下した。
「……魔力濃度が……下がっていく……?」
ウサギの呼吸が荒くなり、やがて動かなくなった。
リネの手が震える。
「ま、まさか……副作用……?」
悠真は低く答えた。
「高濃度魔力による“逆流ショック”だ。
外傷は癒えても、体内の魔力系統が焼き切れる。」
「でも……鑑定は“神薬級”って……!」
「鑑定は“見えるもの”しか見ない。
けど、真実は“見えない部分”に潜む。」
リネは唇を噛みしめ、涙ぐんだ。
「マリア先生が……そんな危ない薬を作るなんて……」
悠真は静かに首を振った。
「意図的じゃないかもしれない。だが確認しなきゃ、誰かが死ぬ。」
──翌日、学会に報告書を提出すると、再び嵐が起きた。
フォルンが机を叩く。
「お前の“データ”など、神託に比べれば塵だ!
錬金学会への冒涜として処罰を求める!」
リネも俯いていた。
師への信頼と、現実との板挟み。
悠真はリネの方を見ずに、ただ一言。
「数字は嘘をつかない。信じるかどうかは、お前次第だ。」
その夜。
二人は再度、冒険者を被験者として立ち会わせた。
軽傷の青年が薬を服用する。
最初は確かに傷が治った。だが──3時間後、青年が苦しみ出す。
「うっ……身体が……熱いっ!」
リネが青ざめ、即席で調合した薬草をすり潰す。
「マナ過剰反応……! 解毒薬、今作る!」
悠真は魔力計測器を見ながら叫ぶ。
「濃度グラフ、予測通りだ! 投与しろ!」
薬を飲ませると、青年の呼吸が落ち着いた。
静寂が戻る。
リネは息を切らしながらつぶやく。
「……助かった……」
悠真はノートにペンを走らせながら言う。
「これが“試す”ってことだ。痛みと向き合って、命を救う。」
──後日、再試験で真実が明らかになった。
問題は原料の“星花草”。
ある地域では地脈の影響で毒性を帯びることが判明した。
壇上で、マリアが涙ながらに語る。
「……知らなかったのです。星花草が……そんな危険を……」
悠真は静かに頷いた。
「同じ素材でも、環境で特性は変わる。当たり前のことだ。
けど、“当たり前”を確かめる奴がいなきゃ、誰かが死ぬ。」
フォルンは震える声でつぶやいた。
「鑑定が……誤ることなど……」
悠真は答えた。
「誤るのは神じゃない。人だ。だからこそ、俺たちは“検証”する。」
その日、リネは悠真の前に立ち、真っすぐに言った。
「私……あなたの助手として正式に登録します。
これからは、あなたの“実験台”になります!」
悠真は苦笑しながらも、その瞳に決意を見る。
「いい覚悟だ。じゃあ一緒に、“安全”を証明していこう。」
夜空の下、試験台に残された小さな瓶が淡く光る。
それは“神薬”ではなかった。
だが、確かに命を救う“現実の薬”への第一歩だった。
──こうして、異世界に“品質試験”という概念が生まれていった。




