第2話「防具と死のライン」
王都エルディアの工房区は、鉄と油の匂いに包まれていた。
今日、神崎悠真のもとに初めての正式依頼が届く。
「王国騎士団用の新型防具……強度試験を依頼したい、だと」
ギルド長バルドは笑いながら肩をすくめた。
「貴族商会《ハルメット商会》からだ。鑑定じゃ“最高級A+”のお墨付きだとよ」
悠真は眉をひそめた。
「A+の根拠は?」
「さあな。鑑定士の神託らしいぜ。俺には数字はさっぱりだ」
隣で、助手のリネ=ファルネアが目を輝かせる。
「でも“最高級A+”ですよ! 王都でも数少ない評価です!」
悠真はその胸甲を指先で軽く叩いた。
カン、と金属音。だが響きが軽い。
「音が浅いな。炭素量が低いか、焼き戻しが甘い」
「え、音で分かるんですか?」
「音もデータだよ。聞く耳があればな」
彼は自作の試験台に防具を固定した。
魔導計測器をつなぎ、リネが魔力を注ぐ。
「衝撃荷重試験、開始──」
鉄塊が落下し、鈍い音を立てて防具を打つ。
一回、二回──
三回目の衝撃で、胸部中央に亀裂が走った。
リネが息をのむ。
「うそ……! “耐久A+”なのに!」
悠真はノートを取り、淡々と記録した。
「試験値、破断荷重4200N。設計値不足。これ、実戦じゃ死ぬ」
商会代表が顔をしかめた。
「馬鹿な! 鑑定で問題なしと出ている! 王国の許可も得ているんだ!」
悠真は目も向けずに言った。
「鑑定じゃなくて、現実を見ろ。割れてるだろ」
代表は怒鳴った。
「試験の中止を命じる! これ以上は営業妨害だ!」
悠真は静かに顔を上げた。
「……なら、現場で確かめるまでだ」
──
翌日。郊外の荒野。
悠真は防具を身につけ、巨大なオーガの前に立っていた。
リネは震える声を上げた。
「ま、まさか自分で着る気ですか!? 正気じゃ──」
「俺が“命を守る”って言ったろ。まず自分の命で確かめる」
バルドが呆れたように笑った。
「やっぱりお前、頭おかしいな……けど見届けてやる」
オーガの拳が空気を裂き、鎧にめり込む。
鈍い衝撃。悠真の身体が数メートル吹き飛ぶ。
リネが悲鳴を上げた。
「悠真さん!!」
土煙の中、悠真は立ち上がった。
胸部はへこみ、呼吸が荒い。
「……データ、取れた。衝撃値4200N。……3発目で死亡ライン確定」
血を吐きながらも、彼は記録計を離さない。
リネが駆け寄り、必死に治癒魔法をかける。
「あなた、バカです! でも……カッコいいバカです!」
悠真は微笑んだ。
「バカでいい。数字が命を救うなら、何度でもやるさ」
──
後日、悠真の報告書が王国工房に提出された。
騎士団が再試験を行うと、実際に装甲が破損。
騎士団長は深くうなずいた。
「この者の記録を採用せよ。兵を死なせるわけにはいかん。」
商会代表は弁明もむなしく処分を受け、
悠真の“実測試験”は王都中に広まった。
バルドが彼の肩を叩く。
「やっぱりお前、本物だ。数字で殴る職人なんざ初めて見た」
その夜、リネが試験室に現れた。
手には小さな魔導装置を持っている。
「あなたの計測器、魔力の安定が悪いでしょ? 改良してみました」
悠真は受け取り、笑った。
「助かる。お前はもう立派な技術者だ」
リネは少し顔を赤らめながら言った。
「“試す”って、命を削ることなんですね……」
悠真は包帯を巻いた胸を見下ろし、静かに答えた。
「命を守るには、誰かが一度“壊される”必要がある」
夜空に星が瞬く。
リネがそっと呟く。
「……じゃあ、次は私も“試す”側になります」
悠真はその言葉に微笑み、遠くの炉の炎を見つめた。
「いいだろう。俺たちでこの世界を“安全にする基準”を作るんだ。」
──その日、“異世界品質試験官”の名が、
初めて王都に刻まれた。




