第16話 運命の再審問
王都ミドルブリッジ・中央議会堂。
重厚な石造りの大ホールは、今日に限っては人波とざわめきに満ちていた。
――公開再審問。
鑑定院の権威を揺るがした男、神崎悠真。
その真偽を、国と民の前で裁く場である。
円形の実験台の中央に、悠真は静かに立っていた。
その姿は怯えも傲慢もなく、ただ一点の静かな集中を宿していた。
対して、審問官たちは高席に並び、厳しい視線を投げかける。
「神崎悠真。そなたは、鑑定制度の不備を主張した。
ならば証明してみせよ――“鑑定を超える精度を”。」
審問官の声が響く。
「ただし――条件はそちらには不利とする。」
係官が告げる。
「測定器具の持ち込みは禁止。
使用できるのは――鑑定結果と、ここにある素材のみ。」
実験台に置かれたのは、一本の剣、万能薬、一本のロープ。
会場がざわつく。
(……まさに、俺が検証してきた三つか。)
悠真はわずかに口角を上げた。
審問官が言う。
「鑑定は“絶対”。
それが揺らぐとするならば――世界の根幹は乱れる。
その覚悟があるのか?」
悠真は一歩前へ出た。
「覚悟なら初めからしている。
俺は“危険になる前に気づける現実”を広めたいだけだ。」
ざわめきがさらに強まる。
◇
だが。
悠真の視線がゆっくりと机に落ちたとき――わずかに眉が動いた。
硬度計も、引張計も、成分分離もできない。
目と手触りだけでは、鑑定値に勝てる証拠は残せない。
(……困ったな。)
だが、観客席の奥で――
金色の髪が、かすかに揺れた。
フォルン=エルグレア。
その表情は、昨日の弱さではない。
静かな、決意の灯る目だった。
(……来ていたのか。)
だが、フォルンは手を動かさない。
彼は今、鑑定院の一員として、何もできない立場にある。
すべては悠真一人に託されている――はずだった。
審問官が声を張る。
「さあ、始めよ。」
それは、断罪の鐘の音のようだった。
◇
――ガラッ。
突然、大扉が勢いよく開かれた。
「ど、どいてください! 通してっ!」
忙しなく駆け込んできたのは、茶色の三つ編みを揺らした少女。
リネ=ファルネア。
彼女は胸に抱えた箱を必死に支えながら、壇上へ走り寄る。
「ま、待ちなさい! 入場は許可されていない!」
係官たちが止めようとする――が。
リネは振り返り、大きく叫んだ。
「これは――フォルンさんが!
あなたに、託したんです!!」
会場が、一瞬で静まり返った。
悠真の目が大きく開かれる。
リネは震える手で箱を開いた。
中には――
再設計された硬度測定器。
改良されたロープ張力試験器。
薬草の抽出分離装置。
すべて、フォルンが夜通し作り直したもの。
そして――その設計図。
筆跡は、確かにフォルンのものだった。
会場にいる全員が気づいた。
――鑑定院の鑑定士が、制度の外に立った。
その意味は重い。
フォルンは観客席の奥で、ただ静かに立ち尽くしていた。
震える拳。
だがその目は、もう揺れていない。
悠真は、深く息を吸った。
そして、測定器を受け取る彼の指は、まるで何百回も握ってきたかのように自然だった。
「ありがとう。……両方にな。」
リネは涙を堪えながら笑う。
「見せてください。悠真さんが、信じてるもの。」
悠真は、観客席の奥へ視線を向ける。
フォルンは、ただ一言だけ口の形で伝えた。
――確かめろ。
悠真はうなずく。
「始めよう。」
その声は場内に染みるように響きわたった。
「真理は――測定から逃げない。」
◇
悠真はまず、剣を測る。
硬度測定器の数値は、鑑定結果とわずかに違った。
次にロープ。
引張強度は“鑑定よりも高い”値が出た。
そして薬草。
分離抽出した成分は、鑑定では「無価値」とされた毒中和物質を示していた。
会場が息を呑む。
審問官の目が見開かれる。
(鑑定は……完璧では、ない……?)
悠真は言う。
「鑑定は素晴らしい技術だ。
だが、絶対ではない。
補うための“検証”が必要なんだ。」
すべては、静かな、ただの事実。
その言葉を否定する者は、もはやいなかった。
◇
その時――観客席の奥。
フォルンは小さく息を吐いた。
(……視えた。
ただ一つの、揺らがない真実が。)
――真理は、目を背ける者にこそ背を向ける。
彼は、自分の歩くべき道を理解した。
「私は……研究者になる。」
その呟きは、誰にも届かなかった。
だが確かに、未来に届き始めていた。




