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鑑定スキルに頼らない男、異世界で品質を叩き直す  作者: やしゅまる


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第15話 フォルンの葛藤

王都ミドルブリッジ・鑑定院本部。

白壁と青い装飾が施された荘厳な建物は、まるで神殿のように静かだった。


だが、その静寂はフォルン=エルグレアにとって、今はただ冷え切った牢獄に等しかった。


「――降格処分、ですか。」


淡々とした声だった。

だが握りしめた拳は、わずかに震えていた。


院長は無表情に頷いた。


「査問会における不用意な発言。鑑定制度の権威に揺らぎを与えかねない行為。

 理由は以上だ。今日より、そなたは“中級鑑定士”に降格する。」


周囲の職員たちが、わずかに視線を逸らした。

誰も同情も嘲笑も口にしない。ただ――沈黙。


それが、フォルンには何より重かった。



研究室に戻ると、机の上には今までの案件資料がまとめて置かれていた。


「……私の席を、縮小したか。」


棚の一段分が空になっていた。

鑑定士にとって、それは“権威の高さ”の象徴でもある。


(私は……削られたのだ。)


椅子に座ると、途端に疲労が押し寄せた。

額を押さえ、目を閉じる。


脳裏に浮かぶのは――昨日の査問会。

悠真の声。


『誤差を恐れて何もしないなら、危険は永遠に気づけない。』


(誤差……危険……)


フォルンは唇を噛んだ。


「鑑定は真理。神の眼。揺らがぬ絶対。

 それ以外を信じるなど、狂気……のはずだ。」


だが、思い出してしまう。


あの山中での暗殺者との戦い。

【鑑定が通らない混魔領域】で、悠真は“数値と現象”で生存条件を導き出した。


フォルンはあの時、確かに見た。


鑑定では“無価値”と出るはずの薬草が、毒を中和した瞬間を。


(私の目では、視えなかった真実が――彼には、視えていた。)


胸の奥に、冷たい亀裂が入ったような感覚。


「……もし、もしだ。」


自分でも信じられない言葉が、喉から漏れた。


「鑑定が……不完全だとしたら?」


その瞬間。


自分の支え続けてきた世界が、足元から崩れ始めた。



フォルンは、震える手で器具を取り出した。

悠真の試験方法の一つ、“硬度計測”を真似てみようとしたのだ。


「……なぜ私は、こんなことを。」


軽く刃に圧をかける装置。

鑑定では「硬度:上級」と出た剣。


フォルンは数値を記録しようとするが――


カチャン、と器具が落ちた。


手が、震えている。


(私が……間違っていたら……?)


鑑定という“絶対”を信じてきた自分。

それを否定することは、自分自身が消えてしまうことに等しい。


「私は……私は、何を信じて生きればいい……?」


その時。


「――その問いは、研究者の始まりよ。」


静かに扉の向こうから声が響いた。


銀髪が揺れる。

白衣をまとい、落ち着いた足取りで部屋に入ってくる。


マリア=クローヴァ。


フォルンの元同僚であり、リネの師。

そして――“エリュシアの雫”の創造者。


「……マリア。」


フォルンの声は掠れていた。


マリアは机に手を置き、壊れ物に触れるような優しい目を向ける。


「信念が壊れるのは、恐ろしいこと。

 でもね――壊れなければ、新しい形は生まれない。」


フォルンは唇を噛んだ。


「私は……悠真を、信じろと言うのか。」


マリアは首を振る。


「違うわ。

 あなたは“自分で確かめなさい”。

 信じるかどうかは、その先の話。」


静かな言葉だった。

だが、それはフォルンの胸を深く抉った。


「……私は、もう、何もわからない。」


マリアはそっと微笑む。


「それでいいの。

 “わからない”と思えた時、人はようやく真理の前に立てる。」


フォルンの目に、初めて迷いではなく“問い”が灯った。


「私は……私の目で、確かめる。」


マリアは満足げに頷いた。


「その決断は、いずれあの子に届くわ。

 リネは、あなたの背中を見て育ったのだから。」


フォルンは息を呑んだ。


リネの、真っ直ぐな瞳を思い出す。


――“知りたい”と願った瞳を。


(私は……逃げられない。)


フォルンは立ち上がった。


震えは、止まっていた。



夜の鑑定院に、小さな明かりが灯る。


剣の硬度試験。

薬草の成分分離。

ロープの耐荷重測定。


フォルンは、一つ一つ、悠真がやってきたことをなぞるように手を動かした。


鑑定結果とは違う数値が出るたびに、胸が締めつけられる。

だが、それでも彼は記録を取る。


(知りたい。

 “真理”はどこにあるのか。)


その手にはもう迷いはなかった。


――フォルン=エルグレアは、初めて“鑑定士”ではなく“研究者”になった。


そしてその瞬間――

彼は、再証明審問で“悠真を救う唯一の鍵”を握ることになる。


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