第14話 査問会開廷(公衆の前の真実)
王都ミドルブリッジ中央議事堂――
そこは“真理を決定する場所”として知られていた。
巨大な円形広間。
観覧席には貴族、学者、そして市民までもが詰めかけている。
壇上には王国鑑定院の紋章が掲げられ、その下に三名の審問官が座っていた。
中央に立たされているのは、神崎悠真。
両手は拘束こそされていないが、視線は無数の刃のように注がれていた。
審問官の一人が、朗々と声を響かせた。
「これより開廷する。“異界の試験官”神崎悠真による“鑑定冒涜行為”について――真理に照らして裁定を下す。」
場内がざわつく。
リネは傍聴席の最前列に座り、唇を強く噛んだ。
(どうして……“確かめただけ”なのに)
フォルンは、別席で審問補佐として立っていた。
彼の表情は硬い。
それでも、胸の奥では――“何か”が軋んでいた。
◇
第一審問官が質問を始めた。
「神崎悠真。貴様は王立錬金学会の研究物“エリュシアの雫”に対し、“効果不安定・過剰摂取で中毒を起こす危険あり”と断定した。
その根拠を述べよ。」
悠真は短く息を整え、静かに口を開く。
「複数のサンプルを分解し、保存環境を変えて経過観察した。
結果、湿度と温度により薬効が大きく変動した。
鑑定結果では“常に安全”と出るが、実測値では不安定だ。」
審問官の一人が鼻で笑った。
「つまり、貴様は“鑑定”より自らの実験を信じると?」
「そうだ。」
即答だった。
その揺るぎない声に、場内がざわつく。
審問官たちは苛立ちを隠せず、次々に畳みかける。
「鑑定は神の眼による真理である。
人の手による観察など、誤差と偏見の塊に過ぎん。」
「……誤差を恐れて何もしないなら、危険は永遠に気づけない。」
「何を――!」
審問官の拳が机を叩く音が響いた。
だが悠真は、動じない。
その目には“冷静な怒り”があった。
「鑑定は“今この瞬間”しか見ていない。
だが現実の素材も薬も、人間も――時間で変わる。
“真理”を名乗るなら、経過も見るべきだ。」
短い沈黙。
フォルンが、その言葉に息を呑んだ。
(……経過を、見る……)
頭の奥で、あの時の暗殺者の言葉が蘇る。
“真実が民に届けば、秩序が崩れる。”
――秩序か、真実か。
心の中で、フォルンの“鑑定眼”が初めて揺らいだ。
◇
しかし、審問官たちは冷ややかだった。
「強弁だな。証拠となる器具や試料は全て没収済みだ。
実証もできぬ口論に、何の価値がある。」
悠真は表情を変えず、わずかに手帳の名残を思い出すように言った。
「……器具を奪っても、記録は消せない。
現象は再現される。数字は、再び同じ道を描く。」
リネが小さく立ち上がりかけた。
しかし衛兵に制止される。
「待ってください! 悠真のデータは――!」
「静粛に!」
広間に怒号が響く。
リネは震える拳を膝に押し当て、歯を食いしばった。
(何も……できないの?)
悠真は振り返らず、ただ前だけを見据えていた。
◇
第一審問官が最後の言葉を告げた。
「神崎悠真。貴様の行為は“王国基盤である鑑定制度への冒涜”であり、民を惑わす危険思想である。
明日、再証明審問にて正式な断罪を下す。」
その瞬間、広間に響く鉄槌の音。
フォルンは、反射的に一歩前に出た。
「お待ちください!」
ざわつく場内。
審問官が眉をひそめる。
「……何だ、フォルン=エルグレア。」
フォルンの額には汗が滲んでいた。
言葉を選びながらも、彼は言った。
「神崎悠真の理論――全てが虚偽と断ずるには、尚早かと。
私が見た“現象”がある。鑑定が通らぬ環境下で、彼の手法が敵を――」
「黙れ。」
上席の審問官の冷たい声が遮る。
「王国が定めた真理に“例外”は不要だ。
揺らぎを許せば、世界は崩れる。」
フォルンは歯を食いしばる。
だが、もうそれ以上は言えなかった。
彼の中の“鑑定士”と“人間”がせめぎ合っていた。
◇
審問が終わり、悠真は再び衛兵に囲まれて退出する。
リネは必死に声を押し殺した。
「悠真……!」
悠真は足を止めない。
ただ一度だけ、振り返ることなく言葉を残した。
「大丈夫だ。真実は、証明できる。」
リネの目から、涙が一筋こぼれた。
――そして、フォルンはその背中を見送りながら、心の奥で初めて確信した。
(……この男は、“神”ではなく“人”を信じている。)
その夜、王都の空に風が吹いた。
閉ざされた真理の都に、わずかな“揺らぎ”が生まれた瞬間だった。




