第13話 王都へ到着(失われた声)
王都ミドルブリッジは、巨大な城壁に囲まれていた。
その壁は、まるで「間違いを拒む」かのように無機質で、滑らかで、迷いの余地がなかった。
馬車が門を通過すると、空気が変わる。
整然と並んだ建物。規則に沿った石畳。歩く人々の視線は常に前に。
余計な会話も、笑い声も、ほとんどない。
リネは小さく息を呑んだ。
「……静かすぎる。」
悠真は目の前の光景を冷静に観察しつつ、短く言った。
「この街は“秩序”が価値の中心になっている。
揺らぎは、嫌われるんだ。」
フォルンは前を向いたまま、淡々と告げる。
「王都は王国の象徴。ここでは“誤差”は許されない。」
◇
三人は馬車を降り、王都中心区の石橋を渡る。
広場には巨大な石碑――そこには一文が刻まれていた。
“鑑定は真理なり。”
リネは、その文字を見つめて眉をひそめる。
「……これ、教義になってるんですか?」
「王国は“鑑定”を国家基盤にしている。」
フォルンは答える。
「貨幣の価値、建材の強度、薬効の判別、食品の安全。
すべては鑑定院が保証する。
だからこそ、人々は生きられる。」
悠真はその言葉に対し、反論も否定もせず、ただ一言。
「便利だな。」
その無機質な声に、フォルンはわずかに言葉を詰まらせる。
「……だが、同時に危うい。」
悠真は、王都の高い塔――鑑定院本部を見上げた。
「“信じること”だけに依存すれば、人は考えることをやめる。」
リネは振り返り、フォルンの横顔を見上げる。
「……フォルンさん。
あなたは、今も“鑑定だけが真実”だと思ってる?」
フォルンは答えなかった。
ただ、唇がわずかに震えた。
◇ 隔離された宿舎
悠真とリネは、王都内の“来客管理用居住棟”――実質的な隔離施設へ案内される。
部屋は清潔で、設備は整っている。
だが、窓には内側から開けられないロック。
廊下には衛兵が常駐。
リネは部屋に入るとすぐ声を荒げた。
「……これ、どう見ても“監禁”じゃないですか!」
「隔離だよ。」
悠真は淡々と返す。
「どっちでも同じです!」
「否定はしない。」
悠真は机に腰を下ろし、手帳を開く。
落ち着き払ったその動きに、リネは焦りと不安をぶつけた。
「悠真は……怖くないんですか?
裁判だって、処刑だって……!」
「怖いさ。」
その言葉は、あまりにも静かだった。
リネは息を呑んだ。
悠真は手帳の紙をめくる指を止めずに言う。
「でも、“数字は逃げない”。
俺が記録してきた試験データは、俺がいなくても残る。
それは、誰かを救える可能性になる。」
リネの胸がぎゅっと締めつけられる。
「……数字が、人を救う?」
「あぁ。俺はそれを知ってる。逆に――数字を無視して人が死んだことも。」
◇ 鑑定院
その頃、フォルンは鑑定院の白い廊下を歩いていた。
同僚が、距離を置くように彼を見る。
声をかけようとした若手鑑定士は、途中で目を逸らした。
フォルンは何も言わない。
上司の部屋に入り、跪く。
「神崎悠真を連行しました。査問の準備は完了しています。」
上司――蒼紋のローブを纏う男は、微笑んだ。
「ご苦労。
君は揺らぎがない。素晴らしい。」
その言葉に、フォルンの心が微かに軋んだ。
“揺らぎはない”?
――本当に?
暗殺部隊《影手》の声が脳裏に蘇る。
『真実が民に届けば、秩序が崩れる。処分は当然だ。』
フォルンは、無意識に右手を握りしめていた。
あの時、揺らいだのは確かだった。
それを自覚した瞬間、上司が言う。
「明日の査問会――君も立ち会え。
君は“鑑定者として彼を否定する証人”だ。」
フォルンは、ゆっくりと頭を下げた。
「……承知しました。」
声は静かだった。
だが――喉の奥には、言葉にならない感情が刺さっていた。
迷い。
恐れ。
そして――どこか微かな、希望。
◇ 夜、隔離室にて
リネは眠れずにいた。
窓の外に、静かに王都の灯が揺れている。
「悠真……」
横を見る。
悠真は机に向かったまま眠っていた。
手帳は開かれたまま。
ページには、素材試験、薬効試験、危険性評価……膨大なデータ。
その全ては――
誰かを救うために、積み重ねられた“確かめた記録”。
リネはそのページにそっと触れた。
「……絶対に、負けさせない。」
その瞳には、もう迷いはなかった。




