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鑑定スキルに頼らない男、異世界で品質を叩き直す  作者: やしゅまる


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第12話 査問への道

試験局の庭には、乾いた草の匂いが漂っていた。

リネはすり鉢に薬草を入れ、細かく砕きながら成分反応の変化を記録していた。

彼女の表情は真剣だが、どこか楽しげでもある。


「……うん。昨日より苦味が弱い。採取時期によるアルカロイド量、やっぱり変わるんだ。」


小さくつぶやいたその時――


風が、静まり返った。


町の空気が張り詰める。

人々が道をあけるように身をそらした。


白い外套。整えられた銀縁の眼鏡。

背筋は微動だにせず、まるで刃物のように静謐。


フォルン=エルグレア。


上級鑑定士が、試験局の門を静かにくぐった。


リネは咄嗟に立ち上がる。

手にした薬草片が、かすかに震えていた。


フォルンは悠真を真っ直ぐ見据え、短く言った。


「神崎悠真。王都にて、汝の行いに関する“査問会”が開かれる。同行してもらう。」


庭にいた職人や冒険者たちが息を呑む。


しかし悠真は、いつものように落ち着いた目で返した。


「……来たか。」


逃げるべき状況。

拒めば指名手配になる可能性すらある。


だが彼は、手にした手帳を静かに閉じただけだった。


「データは逃げない。俺も逃げない。」


その言葉に、リネの喉が詰まる。


「行けば……捕まるかもしれないんですよ!?

暗殺だって……っ、また……!」


「大丈夫だ。俺は“見せる”だけだ。数字が嘘じゃないって。」


リネは拳を握りしめ、しかし言葉が続かなかった。


フォルンはほんの一瞬、視線を落とした。

(……どうして迷いなく言える)


その迷いは、やがて小さな波紋を生むことになる。




出発はすぐに整えられた。

護衛もなく、ただ三人での旅路。


馬車に揺られながら、沈黙だけが揺れていた。


しかし、沈黙は長く続かなかった。

リネがふと、空を見上げながら呟くように言う。


「ねぇフォルンさん。どうして、そんなに鑑定を信じているんですか?」


フォルンは息をひとつ吐く。

風の音が、過去を呼び起こす。


「……昔、村で病が流行った。治療薬となる薬草は“鑑定:安全”と判断された。皆、それを信じた。救われるのだと。」


声は感情が削ぎ落とされているはずなのに、どこか震えていた。


「だが……助からなかった。」


リネの表情が曇る。


悠真は、その話を遮らず、静かに言った。


「……その時、“再試験”は行われなかったんだな。」


フォルンの瞳がわずかに揺れた。


誰も悪意はなかった。

ただ、“鑑定を疑わない”という前提だけが人を殺した。


フォルンは目をそらした。


「黙れ。」


それ以上、誰も何も言わなかった。




王都まであと半日。

木々が密集する森道に入った時だった。


――音が消えた。


風も、鳥も、馬の足音さえも。

まるで世界が呼吸を止めたように。


「……来る。」


悠真が呟いた瞬間――


影が降る。


黒い衣、無音の足運び、毒の刃。

王国直属暗殺部隊《影手》。


「神崎悠真。王命により排除する。」


フォルンは愕然とした。


「……なぜだ!? 私は“召喚”を命じられただけのはず……!」


暗殺者は冷たく言い放つ。


「真実が民に届けば、秩序が崩れる。処分は当然だ。」


その言葉は、王国が何を守ろうとしているかを示していた。


“真実”ではなく

“支配体系”を。




暗殺者たちは木々の上、死角、気配を消して包囲する。


フォルンは魔導眼を展開し――


「……鑑定――起動……ッ」


だが、全てが揺らぎ、像が潰れる。


「視えない……? 魔力偽装……鑑定が……効かない……!」


鑑定が絶対であるという信仰が、亀裂を走らせる。


その瞬間、悠真が前に出た。


「リネ! 拡散粉A-12! 半径4メートル、風向き南西!」


「わ、わかってる!」


リネが小瓶を割る。


白い粉が舞い――地面の湿度差、体温、踏み跡。

不可視だった影が“形”を得る。


フォルンが息を呑む。


「……視えた……!」


「攻撃可能位置、右前方一!」


フォルンの魔導矢が放たれる。

闇を裂き、暗殺者の肩を貫いた。


影は後退し、森へ溶けるように姿を消した。


戦闘終了。




息を整えながら、フォルンはゆっくりと呟いた。


「……今、私が“視えた”のは……鑑定ではなく……お前の――“試験”だ。」


悠真は特別な表情を見せない。


「鑑定は否定しない。

ただ、“確かめる手”を持つことを否定させないだけだ。」


フォルンは、言い返す言葉を持たなかった。


静かに、彼は空を見上げた。


その瞳には――


初めて、“迷い”が宿っていた。


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