第1話「偽りの剣」
夜の工業地帯。
薄暗い試験室の蛍光灯が、金属片を照らしていた。
神崎悠真は、小型人工呼吸器の耐久試験データを見つめていた。
波形は乱れ、異常振動を示している。だが、報告書には「問題なし」の印。
「……嘘だろ。これ、実地試験してないな」
声は震えていた。
上司が背後から覗き込み、軽く肩を叩く。
「大丈夫だ。シミュレーション結果では合格値だ」
「現場で壊れたらどうする。これは“命”に使う機械だぞ!」
「お前は理想論者だな、神崎。安全率は仕様書に書いてある」
悠真は拳を握った。
「机上の“鑑定値”で命は守れねぇよ。」
──数日後。製品の事故報告。
患者が呼吸不能で死亡。
悠真は膝をついた。
「……もし、俺が“試して”いれば……」
冷たい雨がガラスを叩く。
計測器の赤い光が揺れ、稲妻が室内を照らした。
次の瞬間、轟音と共に視界が白く弾け──
悠真の身体は光に包まれ、世界が反転した。
──
目を開けたとき、そこは青空の下だった。
石畳、鐘の音、露店の香辛料の匂い。
「……異世界転移、か?」
転移から一週間。王都エルディアの商業区。
悠真は冒険者ギルドの前に立っていた。
「まずは生活の基盤だな。装備と仕事を確保しよう。」
ギルドの掲示板には依頼と共に、武具の広告が並んでいる。
“王都最高級鍛冶ブランド《グリムハンマー》製・上級剣”
「鑑定士のお墨付き」──その一文がやけに誇らしげだった。
「……“鑑定”で品質を決める世界、か。悪い癖だな。」
悠真は店に入り、一本の剣を手に取った。
艶やかな銀刃、軽いバランス。だが感触は妙に脆い。
鑑定士フォルン=エルグレアが笑顔で言った。
「上級品質です。王国騎士団にも納めている逸品ですよ」
悠真は静かに頷き、支払いを済ませた。
訓練場に出て、試し斬り。
木の杭へ一閃。
──金属が悲鳴を上げ、刃が折れた。
「……は?」
沈黙。
周囲の冒険者たちが爆笑する。
「おいおい、“上級品”が折れるとか聞いたことねぇ!」
「鑑定結果は上級だぞ? 異世界の素人が何言ってんだ!」
悠真は折れた剣を見つめ、低く呟いた。
「熱処理、甘すぎだ。焼き戻し温度を間違えてる。」
怒りを胸に、再び店へ。
カウンター越しに剣を突き出す。
「これが“最高級”だと?どこがだ。素材疲労も焼き入れも見てねぇだろ」
鑑定士が顔をしかめる。
「な、何を言っている! 鑑定で“上級”なんだぞ!」
「鑑定値は数字じゃない。実測してみろよ。」
悠真は炉の使用を求め、工房に入る。
見習いの少女──リネ=ファルネアが驚いて駆け寄る。
「ちょ、ちょっと! 炉は職人以外触っちゃダメです!」
「頼む、協力してくれ。あんたの打った剣も試そう」
リネは戸惑いながらもうなずいた。
悠真は温度計を目測で調整し、炉の炎を覗く。
「火が青すぎる。780度で止めろ。熱が行き過ぎると組織が壊れる」
「そんなの、鑑定では分かりませんよ!」
「だから折れるんだよ」
火花が散る。鉄を叩く音が響く。
悠真は刃を鍛え、試験台に並べた。
木材、革、鉄板を用意。
「試験開始──衝撃1、2、3……」
上級品の剣:2回目で刃こぼれ。
リネの見習い品:10回目でも切れ味を維持。
悠真はノートを開き、記録を書き込む。
「衝撃値A7、荷重162%。これが真実だ」
鑑定士は青ざめた。
「ば、馬鹿な……鑑定で上級なのに……」
「鑑定じゃなくて、現実を見ろ。数字が語るだろ。」
訓練場に集まった冒険者たちがざわついた。
「“神の眼”よりも、あの男の実験の方が正確らしい」
「鑑定士より“実測士”の時代か……?」
その夜、ギルド長が彼を呼び出した。
「……あんた、面白いな。うちで正式に“商品テスト官”として雇いたい。」
悠真は少しだけ笑った。
「いいだろう。命を守る製品を、この世界でも造ってやる。」
外に出ると、夜風が炉の匂いを運んできた。
リネが後ろから声をかける。
「鑑定なんて信じてました。でも、叩いて確かめたら違った……」
悠真は立ち止まり、笑みを浮かべた。
「信じるんじゃない。試すんだ。数字は、嘘をつかない。」
夜空に星が瞬く。
折れた剣が転がる横で、新たな鋼が冷え始める。
──それが、異世界“品質革命”の、最初の一打だった。




