第9話
「猫ちゃん、あなたに名前をつけなきゃね」 ボクの頭をなでながらジーニアが言った。
「どんな名前がいい?」
そんなこと言われても。
「そうだ、トール、トールはどうかしら?」
トール、なんだか懐かしい響きだな……。
ボクは目を開けてジーニアの顔を見た。
「猫ちゃん。気に入ってくれたのかな」
「ンミャ」
「お返事ありがと、それじゃあ、トールにするね。世界で一番強い神さまの名前なんだよ」
あ!
突然、頭の中に漢字の名前が浮かんできた。
ボクの名前は、そうだ、だ。
懐かしい海辺の風景が頭の中をぐるぐる回り出した。でも、家族や友だちの顔はおぼろげで、やっぱりはっきり思い出せない。それにしても、こんな偶然があるのだろうか。
「ンニャギャア!」
ボクはつい大きな鳴き声を上げてしまった。その瞬間、「ボン!」と音がして煙が上がった。
あ、これまずいやつだ。
そう思ったが遅かった。ボクは人間の体になり、ジーニアの膝の上にうつ伏せになっていた。
「きゃああ!」
ジーニアが悲鳴を上げて立ち上がった。
ボクの裸の体はその反動で床にごろごろと転がった。ジーニアは立ち上がったまま顔を手で覆っている。
「あの、えーと、君は猫ちゃんなのよね?」
朝方のこともあったからか、ジーニアはけっこう冷静に対応してくれた。
「あの、はい……そうです」
ボクは情けなく床にうつ伏せに転がったまま答えた。まあ、立ち上がるわけにはいかないからなあ。
「あの、できれば着るものを……」
「あ、そうね」
そう言ってジーニアが呪文を唱えると、さっきのシーツの切れ端の残りが男物のパンツやシャツに変わり、瞬間移動して床に突っ伏しているボクに着せられた。
「あ、はは。すいません」
とりあえず下着は着ることができたので、ボクは床に正座した。
「えーと、どういうことなのかな?」
魔法使いのジーニアとはいえ、この事態はやっぱり理解できないようだ。伝えたいことがあるからか、ボクは猫に戻ることはなかった。
「ホントはあなた、人間とか?」
「え、あ、いや、ボクはたぶん猫です。ただ……」
「え?」
「前世は別の世界の人間で、この世界に転生したみたいなんですけど、猫に転生してしまったみたいで……」
「ええ!? そんなことってあるの?」
「それがあるみたいで……」
ボクの方がびっくりなんですけどね。
「驚いた」
そう言いながらもジーニアはちょっと笑顔になっていた。
「それと、ボクの前世の名前はトオル、カズサ・トオルだったんです」
「え? じゃあ私が付けた名前って……」
「はい。前世とほぼ同じです」
「すごい偶然……なのかな。それとも神さまのお導きかな」
女神さまのしわざ……じゃないだろうな。あの適当さじゃあ。
その時、部屋のドアが開き、ガルトさんが慌てた顔で入ってきた。
「なんだか悲鳴が聞こえたけど大丈夫か!? ん?」
ガルトさんは床に正座しているボクを見て困惑の表情を浮かべた。
「あはは」
ボクは愛想笑いをするしかなかった。