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20m先のあなたは20km先の心の距離

作者: 蒼月ケン

 私の朝は早い。学校の登校時間は9時と他に比べたら遅いかもしれないけれど、早く行ってでもやりたいことがある。


 まだ日差しは浅く、朝は肌寒さに凍える。桜は既に散り、木々は緑色へと衣替えしていた。私の町は田舎で、電車は1時間に1本しか通らない。不便で不便で仕方ないけれど、最近はこの楽しみのために早く起きて駅にいる。


古い改札を通って今にも崩れそうなホームに着くと、いたいた……私の愛しの彼……。


 彼はメガネを直しながら本を読んでいた。私は彼より少し離れて座り、本を取り出してさりげなく彼の方に瞳を流した。

少しボサッとした黒髪に、メガネ越しの鋭い瞳。どこかの学校の制服を着ていて、いかにも真面目な雰囲気がひしひしと伝わってくる。

今日は「アストラル体の変容と高次生命体のプロトコル」……また難しそうな本を真剣に読んでるなぁ……。

昨日は「虚無回廊の影の寓話」で、一昨日は「多次元空間の閾値」。

どれも難しそうなのに一日で読んでるなんて、相当頭良いんだろうな。


最初はたまたま朝早く駅について、駅のホームに着くと彼を見つけた。

彼のことは何も気に留めていなかった。ただそこに男の子がいるだけ。

一人でいたいなと考えた。でもなぜかその日以来、彼の姿が脳裏に浮かぶようになり、再び朝早く彼に会うため駅に来た。

彼は変わらず本を読んでいて、無意識に目で追っていた。

髪の長さ、風でなびく髪、意外と長いまつ毛、瞬きの頻度、文字を追いかける瞳、呼吸の仕方、表情、本をめくる頻度、指の形、制服越しの体形……すべてくまなく見ていたら、いつの間にか惹かれる存在になっていた。


 その日から毎日毎日、彼の時間を見計らってここに来ていた。

毎日彼を見ていると幸せになれるし、些細な変化にも気づけて何となく嬉しい気持ちになる。

あ、今日寝癖がある……。直してあげたいなぁ……けど気づかれたくない……。

この距離感がたまらなく心地よくて、同時にとても虚しい。少し席を左に3歩ずれたら隣にいれるのに、彼に近づくことさえ恥ずかしいし、認知されたくないな。あの鋭い瞳と目が合ったら、興奮しすぎて私が私でなくなりそう。


 彼と恋仲になれたら、なんて一生考えてる。

今ここで話しかけたら、でも邪魔扱いされたら……。でも寂しいよ……。目の前にいるはずの彼は、たまらなく遠くにいる気がする。

彼のことを考えると吐き気がするほど胸が締め付けられる。食事も彼のことを思い浮かんでしまって食べ物が通りづらくなる。

早く解放されたいかもしれない、けれどこの感覚が愛しいとさえ感じる。


 もし彼が私に話しかけてくれたら……もし彼が私にキスしてくれたら……もし彼が私に告白してきたら……それはどんなに良い夢だろう……。でも今はまだこのまま……話しかける勇気なんてないし。

今たまらなくほしいのはあなただけど、同じくらいに勇気が欲しい。

どこの誰かも知らない私が話しかけられる。そんな勇気を。


そんな考えは今はいい。今はただひたすら彼を……あなたを見ていたいから。

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