虎の威を借る狐は龍
急に思いついたネタを書きなぐりました
頭空っぽでどうぞ( * . .)"
この大陸で最強なのは、と問えば誰もが同じ国の名前を口にするだろう。
だけど、出てくる名前は必ず二つ。
一つは広大な国土、強大な武力に技術力、全てを兼ね備えたこの大陸を統べる帝国。略奪を繰り返すことはしていないけど、他国を支配することなんて赤子の手をひねるくらい簡単なことだろう。
もう一つは、この世界を創造した神の血を引くと言われている聖王が存在する聖国。王族は人ならざる美貌と飛び抜けた魔力を持つ。この大陸の各国にある教会は、元を辿れば全て聖国に繋がっている。
□□□
婚約者と学校に通いたい、というのは完全な私のわがままだと自覚しているけれど、乙女の青春のため、各所にかかる迷惑には少し我慢してもらおう。
そう思っていたけど、編入初日、案内役の学園長が真っ青な顔で震えてるのを見て流石に申し訳なさを感じた。
一応弁明させてもらうけど、私の存在そのものに過剰反応している訳では無い。
ものすごく気を使って緊張している様子ではあったけど、大量の寄付もしている分、その顔は上気していて笑顔だった。
超超超VIP対応ではあるけど、私自身が爆弾なわけじゃない。そのスイッチではあるかもしれないけど。
「あら、久しぶりね。最近どうしていなかったの?」
「いなかったのはそっちじゃない?」
「呼び出されてしまっていたの。頼られるのは嬉しいけど大変ね。でも貴方に心配されると嬉しい」
学園長の顔が凍りついたのは目の前の女ひとりとそれを囲む男の集団に出会ってからだ。すごいハーレム。逆ハーレムとかって言うんだっけ?
この国は別にそういう文化がある訳じゃないはずだけど。
しかもその女はなぜか私と一緒にいた私の婚約者殿に近づいてきてそっとその腕に触れた。
「私もあなたに会いたかったわ。ところでそちらのご令嬢はどなたなの?」
照れたように笑って私の婚約者を見上げながらコテリと首を傾げる。サラリとした髪に手荒れひとつ無い指先、それから気品ある仕草。とりあえず彼女がこの国の貴族なのは確実だ。
私は貴族一覧なんて見ないから詳しくは知らないけど、学園長の様子からしても高位貴族なんだろうなとは予想がつく。
「俺の婚約者だけど」
それが何、と婚約者殿は絡みつきそうに動いたその細腕を振り払った。この人も貴族のはずなのにどうにも仕草が雑だ。
「婚約者……。そう、なのね。お名前を、お伺いしてもよろしいからしら」
一度辛そうに震えて、それでも涙を堪えて健気に笑顔を浮かべる。悲劇のヒロインみたいな茶番だな、と思った。
「ヴィーだよ」
「お前、正式な挨拶もできないのか」
「貴様、メイシェリーは公爵令嬢だということを知らないのか。どこの田舎から出てきた」
この国の貴族なんて知るか。
後ろからしゃしゃり出てきた男たちに思わずじとりと視線を向ける。貴族なんて覚えてないけど、王族の証の紋章には見覚えがあった。
なんだ、ただのこの国の王族か。
「二人とも、私は大丈夫。ヴィーって愛称なのかしら」
「ヴィーって名前なだけ」
「あら、そうなの。珍しいお名前なのね。家名も教えていただけないかしら」
「家名も無い、ただのヴィー」
「家名がない……。そういえば婚約者は平民だって話を聞いたことがあったかもしれないわ……。私はメイシェリー・リュペリアントよ」
にこりと微笑む姿は貴族らしく美しい。
「そう」
よろしくとは言わない。
そんな私の態度が気に入らないのか、周りで様子を見ていた生徒たちが一歩足を踏み出した。毛を逆立てた子猫みたい。
「ちよっと、あなた!メイシェリー様はこの国唯一の公爵令嬢で聖女でもあるのよ!」
「口の利き方にお気をつけなさい!」
聖女は癒しの力を持つ人間だ。珍しいと言うほどでは無いけど、力を持つ人間は少ないから重宝されている。ちなみに男なら聖人。各国の教会ではそれなりに大切に扱われる。
「聖女?」
「そうよ。ただの平民が口を聞くことすら恐れ多い存在なの」
「聖王様にも一番目置かれていらっしゃるんだから」
「へぇ、それはすごい」
聖王とはつまり聖国の王様。聖女聖人の管理をする教会は全て聖国につながっている。要するにそこのトップ。
聖国の王族は神の子孫と言われていて、王様なんてほぼ神様みたいなものだ。人間離れした美しすぎる容姿で、しかも歳もほとんど取らない。というか長寿すぎるせいで見た目が全然変わらない。
そんな聖国の王様が聖女一人の名前を覚えているなんて本当に驚きだ。初めて聞いた。
「みんな、気にしなくていいのよ。貴女も、気軽に接してちょうだいね。彼の婚約者なら、私も仲良くしたいもの」
明らかにこの目の前の女性は私の婚約者に気があるように見えるけど、その相手と仲良くする意味が私には全く分からない。
貴族の本妻と第二夫人じゃあるまいし。ていうかそっちのが泥沼案件か。
彼女が目の前に現れた瞬間に、私の婚約者は「うわ、出た」とそれは嫌そうに呟いていた声が私には聞こえたけど、目の前の彼女の様子に私はあえて尋ねることにした。
「付き合ってるの?彼女と」
「は?無い。無理。ありえない」
ぐるりと首が回ってこちらを見てからの即答。ていうか全否定がすごい。全力すぎる。
「そうよね、婚約者の前ではそう言うしかないわよね。その子が来るから私と距離を置いて……いえ、仕方ないわよね。みんな行きましょう」
じわりと大きな瞳に涙が滲む。儚げな容姿に悲壮感が溢れ出る姿に、周りの男たちが慌てだして随分と挙動不審だ。
泣き顔を見せないようにと慌てて背を向けて足を踏み出す彼女の後に続く彼女の周りの男たちに睨まれる。何故か周りの生徒達にも嫌な視線を向けられた。
なんだろうこの物語の悪役みたいな立ち位置。
「も、もももももも申し訳ございません」
学園長が必死に頭を下げて、下げすぎて薄めの頭の頂点が地面についてしまいそうで心配になる。大事にして欲しい。と言うかそんなことされたら更に悪役みたいだね。
「別に、気にしてないから気にしないで」
「 いえ、そういうわけにはっ。その、彼女はこの国の公爵令嬢で国王陛下にも大層気に入られていておりまして……」
「口を出しにくいと」
「いえ、もちろん貴女様が最優先でございますが」
「いいのいいの。別に特別扱いして欲しいとか思ってないから。それより続きの案内して欲しいな」
案内の続きをしてくれないとわたしの青春計画が台無しだ。ここに通うまでもなかなか大変だったんだから。
周りの冷たい視線なんて私は怖くない。
□□□
「で。さっきのなんなの?何にも聞いてないけど」
土色の顔で歩き出した学園長の案内が終わって、私は婚約者と寮の自室のソファに座っていた。私は今日は説明だけだけど、婚約者殿は授業があるはずなのに完全なサボりだ。
随分と広い部屋を用意してくれたようで、家具もひと目でわかる良いものばかり。なんだか申し訳ない。
「あー、なんかごめん。彼女面して付きまとわれるようになって、だけど最近見なかったから諦めたと思ってたんだけど」
はぁ、と吐き出されたため息は心底嫌そうにきこえる。
「彼女、随分とファンが多いんだね」
有名劇団の女優か何かかもしれない。狂信的ファンしかいない大人気女優。それはそれでめんどくさそう。
「言ってた通り公爵令嬢だからこの学園の女子で一番身分が高い。一応国内で最高位の女性は王妃だけど、王族の親族で女児が数代産まれなくてそんな中で生まれたのが王弟の子供であるあの公爵令嬢ってことで王族全体で溺愛。その空気に飲まれて貴族みんなで溺愛らしい、って聞いた」
「らしいって、フォルスもこの国の貴族なのに他人事ね」
「まあ、興味無いし」
「そういうとこ好きだよ」
この婚約者様は随分とテキトーだ。私のせいで自国に興味をなくしてしまったのかもしれないと一瞬思ったけど、出会った頃からそんな感じだった気もする。
「久しぶりの姫ってことで周囲に蝶よ花よと可愛がられて本人もそれが当然と思ってるみたいだよ。自分が嫌われるはずないとか拒否されるはずないとか、無条件に愛されるって信じてる。それがかなりうざい」
「ふーん。なんかものすごく聞いたことのある設定だけど、同じ環境でもこんなに本人に差が出るもんなんだねぇ」
私のよく知ってる人は溺愛を跳ね返す肝っ玉母さんだ。愛されるより愛したい人で守られるどころか一人でどんどん進んでいく。
「あれも特殊だと思うよ、俺は」
そんな話をして私の濃すぎる身内を思い浮かべたのか、フォルスは深く重い息を吐き出した。
「あんまり大ごとにするのヴィーは好きじゃないと思って放置してたけど、これは絶対殺される」
「えー、大丈夫でしょ。誰が私の愛する婚約者を殺せるっていうの」
「いや、殺されないとしても。ヴィーの後ろで昔からずっと睨まれてるし。あの視線怖いんだよね」
フォルスは顔を青くする。
「何を怖がるっていうの?世界の全てに愛されてるなんて勘違いはしてないけど、私の一言で世界を終わらせられるくらいにはある意味私は最強な自覚があるのに」
私のはあの女の勘違いと違ってただの事実である。
その私と一緒にいて怖いものなんてあるわけが無い。
特にフォルスが怖がっている人達にとって私の言葉は絶対なのを私が一番知ってる。
「あの女、後ろに王族がいるし、この国だと一番影響力があって面倒なんだよ。ヴィーにちょっかいかけてきそうだし、もうこのまま一緒に学校やめない?」
「つまり虎の威を借る狐ってこと?私とお揃いだ。でも私は絡まれても気にしないよ」
「相変わらず強すぎ」
「それに、フォルスと学校通うために私頑張ったんだから。あちこち説得して愛想も振りまいて、この学校に個人資産でいっぱい寄付もした。青春したい~」
だめ?と上目遣いを意識する。
私は正直、美人とかでは無い。なんていうか普通だ。母さんは美人だけど、しっかり平凡顔の父さんの血を引き継いだ。茶色の神に焦げ茶の瞳。頭も別に良くないし、全てが平々凡々。
それでもこの可愛い子しか使えないだろう必殺技が通じる相手が何人かいる。もちろんフォルスもその一人だ。
「またそうやって可愛い顔で解決しようとする。この国破滅しそうだな」
「私そんなに凶悪じゃないんだけど」
「ヴィーはね」
ヴィーの周りは違うでしょ、と聞こえた気がした。
□□□
フォルスっと嬉しそうに声を上げては、私の姿を見てハッと目を伏せる。
この学園に通い始めて見慣れた光景だ。
悲劇のヒロインすぎて、私にはそういう演劇にしか見えない。持参したお菓子をポリポリと食べながらその光景を見守っている。
不安なんてない。だってフォルスがものすごい嫌そうな顔してるし。まるでゴミでも見てるようなその顔も何だか面白い。
その姿をどう見たら本当は好きなのに婚約者のせいで愛を囁けなくて辛そうな顔になるんだろう。
「ねぇ、ヴィー。貴女、お金で無理矢理フォルスを縛り付けているんでしょう?愛を買うなんて良くないと思うのよ」
私を敵にするくせに何故か友達ポジションで喋りかけてくるのも意味が分からなくて面白い。
「私は私を愛してくれる人じゃなきゃ好きにならないよ。フォルスと貴女の間に愛があるなら、私に隠れてでも会いに行くと思わない?」
純粋な疑問だ。あまりに相思相愛を主張してくるから、聞いてみたくなった。フォルスは確かに見た目は凄く整ってるから目の前の美少女と並んだら絵にはなると思うけど、お似合いって言うのと愛し合ってるって言うのはまた別問題だと思うの。
こてりと首を傾げる私に、目の前の悲劇のヒロインはまた瞳を潤ませる。
「それは、だって、貴女が引き止めているんでしょう」
「四六時中一緒にいるわけじゃないし、時間はいくらでもあると思うよ。それに、私は浮気自体は別にいいの」
「え?」
「お金と権力のために私と結婚するって人でもね。私にバレないように徹底的に隠して二重生活するってならそれはある意味愛だと思うし」
でもフォルスはそこまでしていない。だから貴女への愛は認めない。
「フォルスは誠実なのよ。貴女を裏切るみたいにコソコソとなんてできないの」
ね、と儚く笑う美少女は傍から見ると美しいけど。
「いや、俺はヴィーしか興味無いから」
必死に空気に溶け込んで目立たないようにしていたフォルスが私に恨めしげな視線を向ける。
大丈夫、そこは分かってるから。
「シェリー様がお可哀想」
「敬語も勉強できていない平民のくせに」
「成金風情が。どうせそれだけの金を貢ぎこんだんだろう」
どこからか、いや、すぐ側からそんな声が聞こえてくる。向けられる声はひとつじゃないけど、何度も言うように私には響いてこない。
周りの教師たちは心配そうにこちらを見ていたから気にしないでとこっそり手を振った。
この学園内はある意味無法地帯みたいなものだ。寮があるから家族との関わりは薄いし外部からの干渉は簡単にできない。
だから黙っててくれればいい。私も誰かに助けてなんていうつもりは無いし。
「やめて。そんなことを言って責めるのはよくないわ。私はヴィーを傷つけたくなんてないの」
彼女の一言で、周囲は黙る。私を睨むのは変わらないけど。
というか、私はさっきあなたに責められていた気がするんだけど、都合の悪いことは忘れてしまう頭なのかもしれない。羨ましい。
「別にいいよ。敬語を使えないのも平民なのも、フォルスの家にたくさんお金を渡したのもほんとのことだもん」
私の家は平民だけど商売が上手くいっていてかなりの大金持ちだ。私のお小遣いだけでも一生遊んで暮らせるくらい。
フォルスの家は貴族で名家だけど、ここ数代は度重なる問題で財政難。元は侯爵だったのに伯爵まで身分が落ちていたところをお金の援助で再び侯爵まで押し上げたのはこの私だ。
だからどれも事実。事実を叫ばれて傷つくわけもない。
「やっぱりお金で……。そんなのって酷いわ」
「貴族は政略結婚が普通なのに酷いって言うの?」
「愛は大切よ。一人を愛して、愛し続けることが幸せでしょう?浮気も愛の無い結婚も行為も、残酷なことなのよ」
ハラハラとその瞳から涙がこぼれ落ちる。胸の前で手を組んで訴えかけるその様子は慈愛の天使のようだけど、私はおかしなことを言うなぁと思った。
「あなた、聖女なのにそんなこと言うんだね」
「聖女だからこそ、言っているのよ。聖女も聖人も、ただの肩書きだけど、私は誇りを持っているの。聖女として私は愛を伝えていくの」
聖女の誇りがその言葉だなんて。教会は聖国所属になるのに不思議すぎる勘違いだ。聖国に喧嘩でも売るつもりなのかな。
「がんばってね」
その喧嘩はむしろ見てみたい。にこりと笑った私にフォルスは顔を引き攣らせた。
「ヴィー、行こう」
「あれ、帰るの?」
「もういいでしょ」
もうここにいたくない、と顔に書いてある。
「わかった」
ほら、と差し出された手を掴んで、私はブラブラと大きく手を振った。
「彼女、面白いこと言うね。聖国に関係してるのに一途な愛だなんて」
しばらく歩いたところで思い出し笑い。
聖国は愛の国だ。聖王の血を持つものは愛情深いことで有名で、だからこそ慈愛の精神で宗教を広めている。
私にしてみれば、愛というかあれは最早執着というか、そんな綺麗なものだとは思えないけど。嫌いではないんだけどね、別に。
「聖国は博愛主義ってだけなのに、思い込みが激しいんだよ」
うんざりと言うフォルスに「あぁ」と同情してしまう。確かに思い込み激しいのは事実だった。
「博愛主義っていうのも美化しすぎだけどね。国民はまだしも、王族は神の血を引くと言われるだけあって寿命が長いし、それだけの間に愛する人間が一人だけ、なんてこと、歴史の中でもほとんど無いのにね」
聖王の今の奥さんも何人目だったか。とは言っても王族よりも寿命が短い妻が先立つ度に正妻を迎えて、たまに側室も作るって言うだけの今の聖王はまだマシな方。
先代はもう後宮どころじゃない女性を囲っていて、聖王含めた兄弟は数え切れないし同じ年の兄弟がいるのは当たり前。引退した今も現役らしいと言うんだから元気すぎる。
まあまだ見た目は初老前くらいだし元気なのは分からなくもないけど。
「聖国行ったら倒れちゃうんじゃない?あれ」
「一回行ってみて欲しいよ」
知り合いみんなで一人の男共有してる、みたいなある意味地獄みたいな状況があの国では普通だからね。心は入れ替えられるかもしれない。
□□□
今日もいつものようにやってきた公爵令嬢の相手をしていたら、とんでもない発言が聞こえてきた。
「先程偶然聞いてしまったのですが、聖王猊下がいらっしゃるそうですよ。なんでも学園内にも教会をたてて大聖女様を称えたいのだとか」
げ、と声が出そうになるのを堪えれば、横でもフォルスが同じような顔をしていた。
まさかそんな理由でこんな所にやって来るとは。
「まあ、さすがですわ。きっとメイシェリー様にも会いにこられるのね」
「大聖女であるメイシェリー様の絵がここにも飾られるのかしら。楽しみですわ」
「みんな、騒ぎすぎよ」
私達は準備をしなければいけないようで、と去っていった彼女たちを見送って、私はフォルスと見つめ合う。
「こんなこと、自分で言いたくはなかったんだけど」
「うん」
「教会に飾られてる大聖女の絵の人物って、私だったと思うんだけど」
「聖王本人がそう言ってたし、間違いないと思うよ」
だよねぇ、と首を傾げる。
癒しの力も何もない私が大聖女扱いなのは正直どうかと思うんだけど。なぜか大聖女に就任しているのだ、これが。身内の権力で。
まあ確かに、あの絵は随分と美化されすぎていて私自身の面影は一切ないんだけど。どこにでも居るような茶色の髪と瞳は光に当てられて美しく輝くはちみつ色の髪とべっ甲色の瞳で描かれている。確かにその色味は彼女に近いかもしれないけれど。
「なんでそんな勘違いを?」
「知らない。知りたくない」
そして死にたくない、と呟いたフォルスがなんだか可哀想だった。
□□□
そしてその日は本当に来た。この世の物とは思えない美貌、その身体が発光して見えるのは多分見間違えではない、中性的な美丈夫がお供をぞろぞろと引き連れて似つかわしくない学園にいる。
聖王猊下その人がわざわざこんな所まで来るなんて普通はありえないことだ。
私は部屋にひきこもっている予定だったのに、呼びに来た学園長が可哀想すぎて仕方なく見物に来た。もちろん横にはフォルスがげっそりとした顔で立っている。
「聖王様、ようこそいらっしゃいました」
美しいカーテシーで出迎える公爵令嬢はこの国の代表代わりなのかもしれない。堂々とした様子に拍手を送りたくなる。
「うん?ああ、ありがとう」
その聖王様は興味無さそうに、けれどニコリと笑って見せた。それだけでうっとりしてまう美貌だ。相変わらず輝いている。
「聖王猊下、お久しぶりでございます。本日は大聖女様に会いに来られたと聞きました」
「君は、この国の王太子だったね。そうなんだ、私の可愛いシェリにね」
「やはりそうでしたか。我が国に大聖女様がいることは私も誇りに思います」
「うん、私のシェリは素晴らしいからね」
恍惚とした表情の聖王は大きく頷いている。後ろにいる人間たちも皆同様だ。多分彼らは洗脳されている。
公爵令嬢は嬉しそうに頬を染めて一歩足を踏み出した。
「嬉しいですわ、聖王様。わたくしもお会いしたかったのです。美しい聖王様に褒めていただけるなんて一生の宝物ですわ」
「ん?」
ふわりと微笑む少女と首を傾げる美青年。完全に噛み合っていない。先程まで震えていたはずのフォルスが隣で吹き出した。緊張がほぐれたなら何よりだと思う。
「あ、あまりお目見えしたことがございませんでしたものね。わたくしが聖女、メイシェリーでございます。聖王様のシェリーです」
再びのカーテシー。感動のご対面だ、と周りの生徒も期待に満ちた瞳をしている。
「んー?あぁ、もしかして私の妻希望ということかな。それなら順番待ちになるから予約しておいてくれ」
「え?」
後ろにいる人間に手で指示をした聖王は公爵令嬢の横を通り過ぎる。途中から目が合っているような気がしたけど、それなりの距離にいた私のところに真っ直ぐやって来るとは驚きだ。さすが神の血を引く人間。
「聖じぃ、ほんとに来たんだ」
体重をかけるのに丁度いい柵に肘を置いたまま、私は人間離れした美貌に話しかける。
普通なら最敬礼をする所なんだけど、私はしたことが無いからやり方も覚えていない。
「ちょっと、あなた、聖王猊下に向かってなんて失礼な」
「その口の聞き方はなんなのです」
わめきたてるのは生徒だけ。
えー、だってここで私が他人行儀に挨拶なんてしたら多分この目の前の人、多分死んじゃうよ?いや、冗談とか例えじゃなくてね。ほんとに。
「私のシェリ。もう少し近くに来てくれないか」
まるで感動の再会だ。
一緒に来たお供たちもなぜか涙目で見守ってくれている。
いや、先月会ってるんだけどね。久しぶりってほどでもないよ。
仕方ない。最低限のご機嫌は取っておくか、と柵から体を起こしかけた私の邪魔をしたのはいつもの公爵令嬢だった。
「お待ちくださいっ」
悲痛な叫び。なぜ毎回こんなに悲劇のヒロイン感が湧き出てくるのか物凄く不思議。美形一族に産まれたのにただ一人平々凡々な容姿のうちの父さんの次くらいに不思議。
「聖王猊下、失礼ながら何か勘違いをされているのではないかと」
ハーレム要員1、なんか王太子だったらしい男まで焦った様な声を出す。
「勘違い?」
「大聖女シェリーはわたくしです。シェリーはわたくしの名前メイシェリーの愛称ですもの。そちらの少女はただの平民、ヴィーという名前ですから間違えていらっしゃいますわ」
期待させては可愛そうです、なんてまるで慈愛の微笑みだ。
なんか面倒くさそうなんだけど、帰っていいかな。そうフォルスに目で訴えてみれば静かに首を横に振られた。俺はまだ死にたくない。目がそう言ってる。
「君は何を言っているんだ?シェリは我が国の古代語で最愛の、という意味だ。私だけのヴィーの呼び方なんだ。この子は私が何よりも大事に可愛かっている存在なんだが、それをたかが平民と?この国の公爵令嬢風情がそう言ったのかな?」
表情は微笑みを浮かべたままなのに、空気が凍りつく。ひんやりした空気は神様の力が漏れ出てる証拠だろう。
ヒッと声を零したのは公爵令嬢か王太子かその周りの人間か。
「聖じぃ、寒い、帰って」
そう声を発した私にもヒッと誰かが言った。聖王様への単純な恐怖とは違う、あいつなんて命知らずなことを、みたいな絶望が感じられた。
火に油だと腰を抜かす周りの人間たちが更に怒り狂う聖王猊下を想像したところで、空気がすっと軽くなった。
「え、ごめん。ごめんね、私の可愛いシェリ。怖かったよね、もうしないから、この聖じぃにそんな悲しいこと言わないでおくれ」
怒るどころか泣きそうな顔で私にしがみつく目の前の人間からは威厳も何も感じないけど、私の前では通常装備。唖然とする周囲には慣れてもらうしかない。
既に慣れているフォルスは私の少し後ろでスンて顔をして見守っている。
「リュミエルとシェリに嫌われたら私はもう生きていけない」
「うん、知ってる」
「リュミエルも全然私に会いに来てくれないし……。リュミエルは元気かな?」
「父さんは元気に仕事してるよ。忙しいんだ」
「リュミエルが仕事に忙しいっ?あの子はあんなにか弱いのに仕事なんてして怪我でもしたらどうするんだ。倒れてしまったらどうする。ああ、やはりリュミエルとシェリは聖国で何もせずのんびり過ごした方がいいと思うんだ」
どんだけ過保護なんだよ、と今更突っ込む気にはならない。現聖王の数多くいる兄弟姉妹の末の弟である私の父さんは、聖王の血の中で唯一その溢れるばかりの美貌を持たず、何の力も持たない本当にただの人間だった。
歳もかなり離れているのもあってこの聖じぃは私の父さんのことをそれはもう過保護すぎるほどに溺愛、その結果私のことももちろん溺愛というわけだ。
「それは無理な話だ」
聖国に行くのはやだなーと何度目か分からない断りの言葉を口にしようとした私だけど。まだ声には出していない。
ていうか私の声はこんなに低くて鋭い響きをしていない。
ヒェッと声を出したのは学園長だった。可哀想に数少ない髪の毛が今の一瞬で数本抜け落ちた。
いつからいたのか、ドン、と効果音が付きそうな佇まいで仁王立ちしている男にも私は見覚えがある。「げ」と声を出したのはフォルスだった。
「おい小僧。げとはなんだ。相変わらず生意気な野郎だ」
ギロリと睨む視線はそれだけで人を殺せそう。子どもがここにいたら絶対に泣く。
周りの生徒も何人か涙目だし。
「こ、皇帝陛下っ」
「て、帝国の沈まぬ太陽に、」
「挨拶は不要だ」
慌てて膝をついた高位貴族たちにふん、と鼻を鳴らして邪魔だとでも言いたげに手を振る。そのたったひとつの動作だけで、この国の王太子も顔を真っ青にさせた。
筋骨隆々の体躯に、大きな傷の目立つ頬。白髪は混じっているけれど年は感じさせない。何より鋭い眼光と威圧感は存在を際立たせる。
この男一人の前では周辺国の軍隊すら勝ち目がないと震えさせる、この大陸最強と言われる帝国の皇帝。人々が畏怖の対象にする魔王である。
なんてね。
「帝じぃ、なんでいるの」
この大陸のツートップが勢揃いとか何事なの。私は全然嬉しくない。
「そこの神もどきが俺のヴィーに勝手に会いに行くなんてふざけた話を聞いたからだ」
「貴様のではない。私のシェリだ」
バチバチと火花が散る。
あーあー。めんどくさい事になった。
「ど、どうして帝国の皇帝陛下まで……。なぜヴィーの知り合いなの?貴女はただの平民でしょう?」
そんな悲壮感漂う顔で見つめられてもねぇ。
「貴女と同じだよ 」
「私と貴女は違うわ」
「一緒だよ。私は正真正銘ただの平民のヴィーだけど、聖王の溺愛する末の弟の娘であり、直系は男ばかりの皇帝一族での唯一の姫である皇帝愛娘の一人娘でもある。両親の家族が権力持ってんだよね。そしてその皆に愛されてる私」
自分で言うと痛い子みたいで嫌なんだけど。
「それなのにどうして内緒にしていたの」
「別に秘密にしてたわけじゃないよ。私は敬われてかしずかれてって生活がしたいわけじゃないもん。家族がいて、皆でご飯作って一緒に食べて、そんな普通があればいい」
後ろで聞こえる「あの子が料理なんて」「怪我なんてしてないだろうな」「刃物は危ない」「火も危ない」なんて過保護な声はもちろん無視。ていうか二人ともうちに来て手作りの料理に泣いて感動してたよね。ちょっと黙ってて。
「まあ、でも使えるものは使うよ。面倒なことは嫌いだから、二人の名前を出して解決するならいつでも使う」
「そんなっ。酷い言い方をするなんて」
うるりと目を潤ませて、訴えかける相手は私じゃなくて帝じぃと聖じぃなのが不思議だ。
私なら利用するだけなんてそんなことしないのに、とかなんとか言っているけど、二人は多分聞こえてない。私に頼られたら全力で喜ぶと思うし。
そもそもの話。
「貴女なら、なんておかしな話でしょ。二人の血縁だから可愛がってもらえてる私と何の関係もない貴女。そっちはそっちの家族に可愛がられてるしそれだけの話」
ね、と首を傾けてみれば、唖然とされる。
「で、でもっ。フォルスはやっぱり無理やり婚約者にされているのでしょう?帝国と聖国には逆らえないから、ヴィーがそれを理由にっ。酷いわ」
今度はフォルスに訴えかける作戦らしい。懲りないねえ。
だけど、フォルスはハッとバカにしたように笑った。
「逆だよ。たしかにそれを理由に脅されたら断れないけど、聖王猊下も皇帝陛下も俺が婚約を辞めるって言えば喜んで協力してくれるよ」
ちょっとそこの二人、うんうん頷かないで
「帝国でも聖国でも王族だけじゃなく国家で溺愛してるヴィーを攫う悪い虫。俺の扱いはそんな感じだし、だから毎回扱かれて嫌味言われて散々な目にあってるけど、それでも俺がヴィーと一緒にいたいから耐えてここにいる」
「フォルス大好き~」
「うん、俺も好き」
きゃ~とフォルスに抱きつけば、剣を抜いた金属音が聞こえた。ニコリと笑顔で視線を向ければ静かに刃が鞘に沈んでいく。
うん、それでよろしい。
「そうだヴィー、久しぶりに会うからプレゼントを持ってきたぞ」
私とフォルスの二人の世界を一秒でも早くぶち壊したかったのか、グイグイと間に入るように帝じぃが腕を伸ばしてきた。大陸一強いと言っても過言ではない男の力に、フォルスのふんばりが通用するはずもない。
仕方なく差し出された物に目を向けてみれば、最近ニュースになっていた宝石によく似た首飾りがそこにあった。
「あれはっ」と周囲がザワザワと騒ぎ出す。
「うーん、遠慮しとく」
「何っ!?この間トーマからは受けとっていただろう!?」
「あれは、フォルスとお揃いのブローチとカフスだったし」
ぐぬぬ、と帝じぃが歯を食いしばる。大陸最強と呼ばれているのにまるで負け犬みたいだ。
私の前では通常装備だけど。
トーマは皇帝の孫、つまり私の従兄弟のうちの一人。私の従兄弟でもある彼らからも私はそれなりに可愛がられている。もちろんその父親である私の叔父さんたちにもね。
それなりの人数がいるはずのいとこ達も見事に男ばかり。唯一の女である私は正にお姫様そのものらしい。
兄弟の中で溺愛されて何よりも優先される勢いだった母だけど、サバサバした性格で兄弟の嫁たちからも疎まれていない。
私の叔母にあたる彼女たちも生まれるのが男ばかりとあって、私のことを娘のように可愛がってくれている。
女の子はいいわーと会う度買い物に連れ回されて着せ替え人形扱いされるのはさすがに疲れるけど、よくしてくれるから嫌いじゃない。
「その宝石は、私が誕生日に欲しいとお願いしていた宝石……。お兄様、どうしてあれがここに?」
「帝国が落札したんだ」
「叔父様に頼めば何だって用意してくれるのに」
「さすがに帝国の皇帝相手には敵わないよ」
「私のお願いなのに?」
すぐ近くでそんな会話が聞こえてくる。もちろんその会話の主は公爵令嬢とその従兄弟である王子様。会話の中の叔父様はこの国の国王陛下だってのは誰でも分かる。
うるうると胸の前で指を組んで上目遣いの少女と、どうにも出来ず困る男。
状況だけなら私と帝国と聖国のじいさんたちと似てると言えなくもないかもしれないのに、これまた対極的だ。
私と彼女の立場と思考の違いだろう。
彼女はこの国の中だけなら最上で最強で全ての中心なんだろうけど、この国の中だけでしか通用しないということが理解しきれていない。
物語が変われば主人公もただの脇役なのに。
「どうしてヴィーなの」
ハラハラと涙を零す彼女を守って私を責める人間は、この状況ではさすがに誰も居ないらしい。
「言ったでしょ。私は貴女と同じ。そっちがこの国の王様と周りの愛に守られてるのと同じなの。お揃いの虎の威を借る狐。だけど後ろにいる虎がそっちよりこっちのが何倍も巨大で強いってそれだけの話」
狐がどれだけ弱くても後ろの強さで勝負は決まるんだから。
「言っておくけど、ヴィーは弱くて小さい狐じゃないからね。ヴィーの名前だって両国の親戚が名付け親になりたいって戦争になりかけて、候補の名前除外して残った文字で付けられた名前だし、虎を顎で使う方法熟知してるし、ヴィーの両親はお互いそれぞれの国しか動かせないけど、ヴィーは本気でたった一言で両国使って世界を滅ぼせる」
最早龍だよ、と誰に言ってるのか分からない言葉で締めくくるフォルス。私はただのか弱い狐なのに失礼な。
影響力があるのだけは認めるけど。血縁の愛は偉大なので。
「戦争なんて起こさないから安心して。別に私は自分を一番に扱って~なんて言わないし、害がなければこの学園でお姫様してる貴女に何か言うつもりないんだよ」
「私そんなつもりじゃ……」
「そういうのもういいから」
見ているのは面白かったけど、そろそろ飽きてきちゃった。
「てことで、帝じぃと聖じぃも撤収!」
「シェリ」
「ヴィー」
「早く帰った方にはほっぺにちゅーしちゃうかも!」
「何っ!」
「私が先だ!」
いい歳した大人が粉塵を巻き上げてものすごい勢いで走り去っていく。
「するの?キス」
「かも、って言っただけだよ」
「うわ、悪魔」
かわいそ、と呟くフォルスにぺろりと舌を出す。
私だってそこのお姫様と同じ。怒られないの分かってるから甘えるだけ甘えてやるの。
身内の特権ってやつだからね。
身内以外に通用しないことは注意が必要なんだけど。
あ、虎の腕が届く範囲は身内以外も例外か。
「それじゃ私達も帰ろ。疲れた」
「はいはい」
私はただの虎の威を借る狐。
色々とほかにも考えた設定はあったけどこれ以上長くなるのもな……とここまでに。
機会があればまたいつか。
お読み下さりありがとうございました。