2. 雅は動物と同じ類のようです
──雅のそれが占いの力とは違うことに気づいたのは小学生の頃だった。
◇◆◇◆
学校の友達は休日を謳歌しているであろうこの時間に、雅は手取り足取り作法を教えられていた。
ありがたいのはわかるけれど、雅に取ったらつまらないことこの上ない。
いつ逃げようかと執事──知伽良 唯斗 があちらを向くタイミングを伺う。
足をプラプラさせながら唯斗の方をじっと見つめていると、突然に額が熱くなったような気がした。
熱が出たときの感覚とはまた違う、あの感覚たった。
その感覚のときは雅はなんでもできてしまうのだ。
それこそ浮くことも。
でも他に人がいるところでこの感覚になったのは初めてだった。
いつもは自分の部屋に一人でいるときが多い。
「雅様?」
なにを不思議に思ったのか唯斗は急いでこちらに駆け寄り、そして雅を覗き込んできた。
唯斗が、割れ物でも触るかのように雅の前髪を上げる。
なにかがあったらしくハッと息を呑み、指を巧妙に交差させた。
これはたしか通信のポーズだったか。
だれかと交信しているのだろうか。
なぜ驚いたような表情をしているのかはわからなかったが、占いというのは存外自由なものなのだな、ということが頭に浮かんだ。
そうだ、今ならできるかもしれない。はたと思いついてじっと目を凝らすと、その相手が雅の父ということが分かった。
なんでもできる今の状態はとても便利だ。
もうあと1時間後くらいにはこの感覚は抜け落ちるのだが。
話が終わったのだろうか。ふいに唯斗はこちらを向いて、言葉を紡ぐ。
「雅様のそれは占いの域を超えた、神能力です」
唯斗曰く、神能力とは、漫画に出てくるような超能力に占いの力や神の力が加わってより強固となったものらしい。
常にこの世界のうちの1つの命がその能力を背負っており、基本は人より陸生動物が多いらしい。
だから人、しかも統治者になる存在がその神能力をもっているのは珍しいと言う唯斗。
お前は動物だと言われてる気もしたが、とりあえず珍しいということは分かる。
みんな一人のときはこうなるのだと思っていたが、どうやら違うようだ。
「このことは雅様のお父上には報告いたしますが、他の方には漏らさぬよう」
重大なことなのだろうか。
誰かに言っていなくてよかったのだな、と謎に安堵した。
そんなことを考えているうちに、5分ほどお待ち下さい!と唯斗が部屋を出ていった。
その間、他の執事が代わりに入ってくることはなく、ただじっと待つ。
あんなにも逃げ出そうとしていた考えは、どこか高揚した心に押しやられていった。
神能力ということは今までやってきたこと以外になにかもっとすごいできることがあるのではないかと思案する。……と、唯斗が雅の父の手を引っ張るようにして帰ってきた。雅の父はつまり現在の統治者である。
(……不敬じゃない?)
年下といえども一応は唯斗の上の位にいる雅だ。それを言ってしまうとリアリティが出てしまっていけない気がして口を噤んだ。
ゆったりとこちらに近づき、先の唯斗と同じように雅の額を確認する父。
「たしかに神能力特有の模様が見える」
鏡がないため雅自身にはどのような模様があるのかわからない。というか、仮に鏡があってもそれに関する学識がないのでわからない。
父は、少し困ったような顔をして言った。
「雅、今は隠れているから他の人にはわからない。けれど知れたら少し危ないものだ。雅も、周りも」
雅が訳も分からず頷くと、父はいい子だと笑って唯斗の額を優しく撫でた。
「くれぐれも他に言うんじゃないよ。唯斗、見てやってくれ」
なんで唯斗にそんなことを頼むのかはわからなかったけれど、唯斗の覚悟の表情を見てただ事じゃないことだけは理解した。
にしても二人に他に漏らすなと言われるその力とはなんだろう。
思っているよりもすごいものなことは想像がつく。
父はゆったりとした雰囲気をまとわせて雅の部屋を出ていった。
額の熱が更に暖かくなるのを感じ、急に眠気がやってくる。
唯斗の名を呼ぶことなく思考はまどろみに溶けていった。
◇◆◇◆
唯斗の部屋のノブに手をかけると、それだけで鍵が空いた。
もはや犯罪になりかねないこの能力のコントロールはもう慣れたものだ。
「いらっしゃい、雅様」
ドアを開けた瞬間にすぐ唯斗が出迎えてくれた。
なぜ気づくのか分からないし、いつも通りそれを無視してリビングへ向かった。