1. 図書館からの逃走
占い相談所と星詠不動産に挟まれる世界図書館で、阿真野 雅は気だるげに残りわずかの頁を読んでいた。
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この世には、様々な世界線といったものが存在する。
しかし、それは選択の分岐点や、たらればの世界などではない。
そもそもの宇宙の性質や特徴が違ってくるのだ。同じなのはどこの星にどんな生物がいるか、ということだけ。個体同士がかぶることはなく、『〇〇の世界線の私は元気かなぁ』なんてことはありえない。
そして、我々が暮らすのは占術信仰の世界線であり、天と交流ができる数少ない世界である。
皆も感謝して生きていこうではないか。
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わずか数頁が存外長かった割に最後の10行にも満たないまとめで文章は終わってしまった。雅は頭を机に擦り付ける。
『この世界の歴史に関するレポート』なんてベタな長期休み課題のためにわざわざここに赴いたけれど、その目的はレポートをまとめるための知識ではない。
民がどこまで知っているのかを把握するため。
雅は阿真野家の長子だ。
この世界戦を統治している由緒ある家系に属し、じきには統治者となるような存在なのだ。
その雅が一般の民の知識量より劣っていては面目がたたないし、統治者になるべく存在としてよくない。
もちろん、年齢の関係で雅のほうが知らないこともある。
流石に高校生が酒の味を知ることはない。
一方で、普通は知らないような情報を知り得てしまっているのもまた事実なのだ。
この世界における政治でもっとも重要視されるのは惡真式占い……なのは常識であるが、その秘伝の方法までもをすでに教え込まれている。
そして、当然だが、そのなかには民に秘密にするべき情報もある。だから、いくら雅の知識が幾分か優れていたとしても、本に記されている情報が間違っていたとしても、レポートにあらわす情報は民の知るものを超えてはならない。
だから学校帰りにわざわざ寄ったのだが、まぁ面白くない。
楽しいといえば、先ほどから感じる執事たちの気配にスリルを味わっていることくらいだろうか。
遠くから執事たちの足音が聞こえてくる。
あと2キロほどでこちらに到着するはずだ。
見てくれはただの学生なのだから襲われるわけはないというのに、なんとも過保護な集団である。
阿真野家の子というのはある程度浸透しているが、だからといって雅を狙う馬鹿な輩もいないだろう。
おおかた占いでもしてこちらの居場所の特定したのだと予測はつくもののやはり面倒くさいものは面倒くい。
どんなにご褒美をもらってもテストが嫌いなことに変わりないのと似たようなものだ。
さて、唯斗の家に逃げてしまおうか。
どうせこれ以上長くいても時間の無駄である。
しかし普通に図書館から出ては過保護集団に捕まってしまう。
雅は、人目に触れないトイレへ向かった。
ここなら占いの気配察知はできないはずだ。
ただ普通に小便器の前にいると、万が一だれかが来て鉢合わせなんてことになっても困るのでとりあえず個室に入りる。
雅はそっと鍵に力を込め、2分ほどしたらこの鍵が空くようにする。
最後の仕上げにこの男性トイレ全体に気配のないことを確認した。あの人トイレに入ったけど出てこなくない?みたいなことになっても面倒だから。
準備は整った。
まるで冒険者のようなことを思う。
深呼吸をして額あたりに手を触れる。髪の毛が逆立つ感覚があり、淡い光を放っているのを熱で感じる。
行き先を思い浮かべると水がかかったような気がして、月陽マンションの751室前へと転移した。
こんなでも読んでいただき、どうもありがとうございます!
これからもよろしくお願いしますね?
追記)誤字を発見いたしましたので改稿しました。
追記】矛盾を発見いたしましたので改稿いたしました。話の流れに変更はございませんので安心してお読みください