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 ヴィオラの元婚約者であるディーニーの元を立ち去り、キールがヴィオラを連れてきた場所はパーティー会場になっている屋敷内の一室だった。


「ヴィオラが周りを気にせず食べ物を食べられるようにと事前に一部屋借りていたんだ。こんな形で役にたつとはな」


 ふぅ、と息を吐きながら部屋の中にあるソファーへヴィオラを座らせ、キールはヴィオラの横に腰かけた。


「あ、部屋を借りたといってもあれだ、別に他意はないから心配しないでくれ」


 キールは慌てたようにそう言うが、ヴィオラはなんのことかさっぱりわからず首をかしげる。


(これは……何を言われているかわかっていなさそうだな。それならそれでいっこうに構わないが)


 この国では男女が二人きりで話をするためやそれ以上進んだ仲の深め方をするために社交パーティー中に部屋を借りることがあるのだが、ヴィオラにはそういう知識は全くない。

 それはキールにとって安心でもあり逆に心配でもあった。男女の駆け引きや色恋の知識がないゆえに他の男に簡単に騙されてしまうのでないかと思ってしまう。そんなことが起こらないように目を光らせていればいいだけの話ではあるが。


「いや、なんでもない。とにかく、ここならヴィオラもゆっくり食べ物を堪能できるだろ」


 そう言ってキールは優しく微笑んだ。


(わざわざ私のために部屋までとっていてくださったなんて……見た目は怖いけどやっぱりとても優しい方なんだわ)


「先ほども助けていただきましたし……何から何まで本当にありがとうございます」

「あ、あぁ、いいんだ。ヴィオラが無事でよかった」


 心の底からわき出る感謝の気持ちをこめてヴィオラは嬉しそうに頬笑むと、キールはすぐに目をそらして返事をする。


「よし、あんな奴のことはさっさと忘れて美味しい料理を食べよう」


 キールが持ってきた料理を食べるように促すと、ヴィオラは目を輝かせて食べ物に手をつけ始める。


(やっと、やっと食べられる!)


 パクパクと面白いくらい料理を口へ運んでいき頬を少し膨らませながらヴィオラは嬉しそうにモグモグと食べている。


「どうだ?」

「とってもとっても美味しいです!」


 ごくんと食べ物を飲み込んでからヴィオラは満面の笑みでそう答える。その笑顔にキールは嬉しくなりヴィオラの頭を優しくなでた。


「その肉、うまそうだな。俺にも一切れくれないか」

「あ、もちろんです!」


 キールに言われてヴィオラは皿ごとキールへ差し出すがキールは受け取ろうとしない。なぜか口を開けて待っている。


(え、えっと、これは、まさか、あーん?ですか?)


 じっとキールを見つめるとキールは意図を組んだのだろう、軽く縦に頷いて待っている。

 ヴィオラは目を丸くしながらもキールの口にお肉を一切れ近づけた。パクッとそれをキールが食べると、ふむ、と満足そうにしながらモグモグと口を動かしている。


「うん、やっぱりここの料理はうまいな」


 キールは微笑みながらそう言い、そんなキールを見てヴィオラは胸がほわほわと暖かく、そしてなぜかドキドキと高鳴ってしまった。


(どうしてキール様と一緒にいるとこんなにも幸せな気持ちになるんだろう。初めは怖いとしか思ってなかったのに)


「少し喉が乾いたな。確か部屋に飲み物を置いていてもらってたはず……」


 キールは辺りを見渡して小さな机の上にある瓶とグラスを見つけた。そのまま瓶を空けてグラスへ注ぐと、金色がかった透明でシュワシュワとしている。鼻を近づけて匂いを嗅ぐとほのかに甘い香りとお酒の香りが混ざっていた。


「ヴィオラ、酒は飲めるか?」

「強くなければ嗜む程度には……」


(あんまり飲んだことないけど、前にちょっと飲んだ時は平気だったしきっと大丈夫)


 ヴィオラの返事を聞いてキールはひとつグラスを渡す。受け取ったグラスの中では光に当たった小さな小さなたくさんの泡がシュワシュワと上に登っていくのが見える。


「キレイ……」


 嬉しそうにグラスを眺めるヴィオラをキールは優しい眼差しで見つめていた。


「今日はよく頑張ったな。お疲れ様」


 カチン、とグラスを合わせてキールはグラスの中を一口飲む。ヴィオラも一口飲んでみると確かにお酒の味がほんのりとするが、果物のようなフルーティーさと絶妙な甘さでまるでジュースのようだ。


(わぁ!なにこれ美味しい!)


 実は料理を食べてるときから飲み物がほしいと思っていたのだ。喉を潤したくてヴィオラはグラスの中を一気に空けてしまう。


「あ、おい、いくら飲みやすいからってそんなに一気に飲んだら……」


「でもこれジュースみたいで美味しいです……ってえ?……あれ?」


 ヴィオラの顔がみるみる赤くなって、ヴィオラの視界がくらくらと歪んでいく。そのままふわぁっと上半身が倒れそうになり、慌ててキールが抱き止めた。


「ヴィオラ、ヴィオラ!……まじか」


 ヴィオラは顔を赤らめながらキールの腕の中ですやすやと幸せそうに寝息を立てはじめた。


(まさか一杯で寝てしまうとは……飲みやすいとはいえ度数は低いわけではないから仕方がないのか。それにしてもこの状態は困った)


 抱き締めたままのヴィオラはむにゃむにゃと幸せそうに寝ている。


「もう……食べられま……せん」


 んふふ、と嬉しそうに笑うと、ヴィオラはまたすやすやと寝息をたてている。そんなヴィオラを見てキールは笑いを必死にこらえていた。


(まったくどんな夢見てるんだ。これはなかなか起きないだろうな。仕方ない、連れて帰ろう)


 よいしょ、とヴィオラを横抱きにして立ち上がると、ヴィオラは寝たまま顔をキールへすりよせる。


「ん~……パスタが……逃げる……待って、逃げないで……」


 そう言ってぎゅっとキールに抱きつくヴィオラ。一体どんな夢を見ているのだろう、寝言に関してはどうかと思うが、急に抱きつかれてキールは一瞬ドキリとする。


(まいったな)


 キールは上を見上げてふーっと大きく深呼吸する。ドキドキと高鳴る胸に戸惑いながらも、キールはヴィオラを抱えてパーティー会場を後にした。

 




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