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キールが言っていた上流貴族のパーティーの日がやってきた。ヴィオラはメイドたちにドレスを着せられるといつもより入念に化粧を施され、髪型も華やかにされている。ハーフアップにされた髪の毛には美しい宝石が散りばめられた髪飾りが付けられている。
(こ、こんなにめかしこむことなんて今までなかったからまるで自分が自分ではないみたい……!)
メイドたちは口を揃えて可愛い可愛いとべた褒めするが、ヴィオラは自分の姿に違和感すら感じてしまう。
(それにしてもドレスを沢山買ってもらって新調までしてもらって……普通の騎士様ならここまでのことできないと思うのだけれど、英雄ともなるとやはり違うのかしら)
すごいなぁなどとぼんやり鏡を眺めていると、ヴィオラの部屋のドアがノックされる。
「ヴィオラ、支度はできたか?」
「は、はい!」
カチャリ、とドアが開いてキールが部屋に入ってきた。キールはいつも屋敷にいるときは白いワイシャツにスラックスというラフな格好だ。仕事に行くときは騎士の制服に身を包み、スタイルの良いキールは何を着ても似合うと思っていたのだが。
パーティーに出るとあっていつもの騎士の制服とは少し違う、明らかに素材が上質で戦うための服ではない礼服姿になっていた。胸元には国王から戴いた英雄の証である勲章が輝いている。
そのあまりの美しさに思わずヴィオラはほうっとため息をついてキールを見つめていた。そして、ドレス姿のヴィオラをキールもまた両目を見開きほんの少し頬を赤く染めて見つめていた。
「キール様、どうです!可愛らしいでしょう?キール様の瞳の色と同じ色のドレスもぴったりです」
メイドの一人がどや顔でそう言うと、ヴィオラはそういえば、とキールの瞳を見つめる。
この国では社交の場に出るときに、夫が愛する妻に自分の瞳の色と同じ色のドレスを贈ることがある。それは他の男性を牽制するためと言われており、その夫婦はとても仲が良いという証でもあった。
(まだ婚約者風情、しかも契約結婚の私なんかになぜ瞳の色と同じ色のドレスを……?周りの方に勘違いされてしまう)
不思議そうに見つめるヴィオラに気づいたキールは、こほんと咳払いをして口を開いた。
「俺の瞳の色のドレスを着るのは納得がいかないかもしれないが、俺たちの仲を疑われないためだ。俺の魔力放出の発作を抑えるためだけに君と結婚したと周りに思われれば君が社交の場に出たときに居場所がなくて辛いだろう。俺と仲が良いと思われればそれだけ君の立場も安定する。俺の都合で一緒にいてもらうんだ、これくらいはさせてほしい」
申し訳なさそうに言うキールを見て、ヴィオラは心の中にぽかぽかと暖かいものが生まれるのを感じていた。自分のためにキールがこんなにも考えていてくれたなんて思ってもいなかったため嬉しくて仕方がない。
それと同時に、なぜかほんの少し寂しい気持ちも生まれていた。キールが瞳の色のドレスを贈ってくれたのはただ自分の身を案じただけで、自分に好意を持ってくれたわけではないのだ。
(そんなの当然のことなのに、私ったら何を勝手に寂しいなどと思ってしまったのかしら……私はあくまでもキール様の魔力放出の発作を止めるために側にいるのだから。勘違いしてはいけないわ)
「ありがとうございます、キール様」
「あ、ああ……」
胸の内を隠してヴィオラは精一杯の笑顔をキールに向けてお礼を言い、キールはそれを見てまたほんの少し顔を赤らめながら目をそらして頷いた。
(ひひひひ人がおおおおお多いいいぃ)
パーティー会場に着くと、そこには沢山の貴族たちが談笑していた。
見るからに上流で上品な人々があちこちで挨拶をし楽しげに会話を繰り広げている。
ご令嬢やご婦人たちは美しいドレスに身を包み、上品な所作でその場に溶け込んでいる。それを見てヴィオラは自分はなんて場違いな人間なのだろうと思えてしまう。どんなに美しく着飾ったところで、絶えずお腹が空いてしまい食べ物を常に摂取してしまう大食いの女なのだ。
「ヴィオラ、緊張しているのか?大丈夫だ、俺が側にいるから何も心配いらない」
そっとヴィオラの耳元でキールが優しく囁く。その優しい声音に思わず内側から何かが沸き上がってきて体温が一気にあがった。
(って違う違う!何を舞い上がってしまってるの、私はキール様の婚約者として恥ずかしくない振る舞いをしなきゃ!キール様がせっかくこうして私なんかを連れて来てくださったんだから)
ふぅーっと深呼吸してからヴィオラはキールを見上げてしっかりと頷いた。その意思の強い眼差しにキールは驚くがすぐに嬉しそうに微笑み、腕を曲げてヴィオラへ向ける。ヴィオラはその腕に自分の腕を絡ませて会場の中心部まで足を進めた。
二人揃って主催者に挨拶を済ませると、キールは満足そうにヴィオラを誉める。
「なんとか主催者に君を紹介することができてよかったよ。主催者も君を見てとても可愛らしいと喜んでいたし、立ち振舞いも本当に素晴らしかった、驚いたよ」
「継母が所作やマナーに厳しい人だったので、一応令嬢としての立ち振舞いは一通り学んできました。それをちゃんと活用することができてよかったです」
キールに誉められ少し照れたように言うヴィオラを見て、キールはそうだと何かに気づく。
「慣れない場所で疲れただろう。休憩用の椅子に座って休んでいるといい。俺は食事を持ってくるよ。ここのオードブルは種類も豊富で食べごたえがあるんだ。すぐに戻る」
そう言ってヴィオラを椅子に座らせるとキールはオードブルの方へ向かっていった。
(行ってしまわれた……私がお腹を空かせていることに気づいたのかもしれない。キール様は本当にお優しい方だわ)
社交の場にはさすがに食べ物を詰め込んだバスケットは持ち込めない。オードブルの料理があるから大丈夫だろうと思ってはいたが、緊張も相まってやはり何かを口にしていたい気持ちが高まっている。
ぼうっと会場内を眺めてキールを待っていると、ふと目の前に影ができる。キールが戻ってきたのかと思い笑顔で見上げると、そこには意外な人物が立っていた。