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とある日、ヴィオラは目の前にある色とりどりの美しいドレスの数々に目が回りそうになっていた。
「再来週末、上流貴族が集まるパーティーがある。俺は三男ではあるが侯爵家、しかも数年前に大魔獣を倒したことで社交の場に頻繁に呼ばれるんだ。今までは忙しいことを理由にのらりくらりとかわしてきたが、婚約したことで婚約者を連れてこいと主催者がうるさくてな。さすがにこの状況で断るわけにもいかない」
そう言って申し訳なさそうに言うキールは、せっかくだからとドレス屋を屋敷に呼びヴィオラに試着させていた。
今までこんなにも沢山の、しかも美しいドレスを見たことも袖を通したこともなかったヴィオラはまるで着せ替え人形のようになってただただドレスを次々に着せられていく。
「こんなにも小さくて可愛らしい奥様なら何を着せてもお似合いですわね!」
(お、奥様って……まだ婚約者なのだけれど)
戸惑うヴィオラをよそに、ドレス屋の店員は嬉しそうにせっせとドレスをあてがう。
「どれか気に入ったものはあるか?」
キールに聞かれるがヴィオラは正直行ってそれどころではない。
「い、いえ、あの、こんなに沢山のドレスを着るのは初めてで、なんと言いますか、よくわからないです……」
(何かを口にしたい、けどドレスを汚してしまってはいけないし、そもそもこんな時に食べ物を食べたいだなんて言えない……!)
くらくらしながらヴィオラはなんとか両足で立っているのが精一杯だ。
「今までだって社交の場には出たことがあるんだろ?ご実家でもドレスの新調くらいしただろうに」
不思議そうに言うキールに、ヴィオラは少し気まずそうにしながら口を開く。
「……その、食費がかかってしまうせいでドレスの新調はほとんどしてもらえませんでした。社交の場に出てもいつも食べ物を食べてばかりなので、一緒に行ったお相手が……恥ずかしいからと……次第に連れて行かれることもなくなりました」
どんどん小声になっていくヴィオラを、キールは目を細めて見つめた。
(ひっ、に、睨まれてる!?キール様もやっぱり私なんか連れていくのは嫌だと思ったのかも)
「それならなおのことドレスは色々なものを着てもらわないとな。そういえば、食べ物を食べなくても大丈夫なのか?」
「こ、こんなときに食べるだなんて、もしもドレスを汚してしまったら申し訳なくて」
戸惑いながら必死にそう告げるヴィオラを、キールはさらに目を細めて前髪の隙間からじっと見つめる。
(こわいよおぉぉ!)
ヴィオラが思わず震えて縮こまりそうになったその時。
「そんなことは気にしなくていい。ドレスが汚れてしまったら買い取ればいいだけだ。好きなだけ食べていいんだぞ」
キールの言葉にヴィオラがキョトンとする。ドレスが汚れてしまうと怒られることはあっても、まさか汚してもいいから食べろと言われるなんて。
「ほ、本当によろしいのですか?買い取るといってもこれらは試着用のドレスですよね?」
「あぁ、だが試着用といっても新品だし、ヴィオラの体型に近いものを持ってこさせてあるからな。ほら、何がいい?とってあげるよ」
キールは近くにあったバスケットを手にして催促する。
「え、ええっと、でしたら紅茶のシフォンケーキを」
「お、たぶんこれか」
キールはバスケットの中に手を入れてシフォンケーキを取り出した。ヴィオラはそれを受け取ろうとするが、キールは手に持ったままだ。ヴィオラが不思議そうにキールを見つめると、キールはヴィオラの口の近くにシフォンケーキを差し出した。
「ほら、あーん」
(え?あ、あーん?)
ヴィオラは驚きのあまり硬直するが、キールはおかまいなしにほらほらとシフォンケーキをちらつかせる。
ヴィオラは促されるままにシフォンケーキを一口頬張り、そのふわふわな食感と紅茶の香りが生み出す美味しさに思わず笑顔になる。それを見てキールは満足そうに微笑んだ。
「よし、とりあえず今日持ってきたドレスは全て買い取ろう。それから……そうだな、このドレスは再来週のパーティーまでにヴィオラの体型にぴったりになるようオーダーで頼む。髪飾りも似合いそうなものを新調してくれ」
「まぁ、なんて幸せな奥様なのでしょう。任せてくださいませ、奥様にぴったりに仕上げてまいります」
うふふ、と嬉しそうに笑う店員が持つキールが選んだそのドレスは、キールの瞳の色と同じ緑色の布地に金色の鮮やかな刺繍が彩られたドレスだった。