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「よう、キール!婚約したらしいじゃないか」


 とある休日、キールとヴィオラの元に一人の来客者が訪れた。その男の名はサエル・ヒース。キールと同じ国の騎士団に所属しキールと同じ隊に所属している。

 赤茶色の短髪で背が高く騎士というだけあって鍛え上げられた体つきをしているが決して太くはない。人懐っこそうな表情をしていてまるで中型犬のようだとヴィオラは思った。


「朝から騒々しいな。何しに来た」

「なんだよ、連れないな。お前みたいな無表情で面白味のない男と婚約してくれるような優しい婚約者様に会いにきたんだよ」


 サエルの言葉にキールは大きくため息をついた。そのキールを見ながらヴィオラは不思議そうに食べ物を頬張っている。


「なるほど、これが噂の小リス令嬢か」

「おい!失礼だろ!」


 サエルの言葉にキールは思わず怒りを表すとサエルは珍しいものを見るように驚いた顔でキールを見た。


「……お前が他人のことで、しかも女性のことでそんなに怒るなんて珍しいな」

「当たり前だろ、婚約者だ」

「へぇ」


 キールの返事にサエルはニヤニヤとしながらキールとヴィオラの顔を交互に眺める。なんとなくいたたまれなくなってヴィオラはさらに食べ物を頬張ってしまい、ひたすらにモグモグと口を動かしている。


「その片手に下げているバスケットに食べ物が?そんなにずっと食べていて美味しいのか?」


 サエルがヴィオラにそう言うと、ヴィオラはごくんと食べ物を飲み込んでから口を開いた。


「お、美味しいです。サエル様も食べますか?」


 おもむろにバスケットから大きめのチョコチップクッキーを取り出してサエルに差し出した、その時。


 パクッとキールがヴィオラの手から直接クッキーを食べてしまう。モグモグと口を動かし飲み込んでから、キールは口を開いた。


「こんなやつにわざわざ渡す必要はない」


 なぜかムッとしながら言うキールをヴィオラは首をかしげて不思議そうに眺めた。そしてそんなキールを見てサエルは驚き、すぐに楽しそうに笑いだした。


「あーまじかー!お前、そうなのか!そうかそうか。なるほどね。いやぁ良いもの見たわ」

「なんだよ大声でうるさいやつだな」


 キールの目は鋭く怖い。出会ってから意外にも色々な表情を見れたと思っていたが、やっぱり黒豹騎士様なのだとヴィオラは少し震えた。


「おいおい、そんなんじゃ可愛い婚約者が怯えてしまうだろ。こんな奴だけど悪い男じゃないんだ、どうかこれからもよろしくな」


 爽やかな笑顔でそう言うサエルに、ヴィオラはなんとなくホッとして小さく頷いた。



 サエルが去ってからキールはずっと無表情でヴィオラを見つめている。前髪の間から覗く緑がかった金色の瞳は鋭く、ヴィオラは初めて会った時のように怯えていた。


(ここここ怖い怖い怖い!サエル様が帰ってからずっと無表情だわ……私、何か失礼なことでもしてしまったのだろうか)


 こんな時でも食べ物を頬張ってしまう自分にうんざりする。だが食べていないと気持ちが安らがない。ヴィオラはバスケットの中を覗きこみ食べ物を取ろうとして、ふとひとつの菓子パンに目がいった。


 それはキールが食べて美味しいと嬉しそうに言ってくれた菓子パンだ。これをまたあげたらキールは喜んでくれるだろうか?それともこんなもの、と怒ってしまうだろうか。


 ドキドキしながらそっと菓子パンを手に取り、キールの目の前に差し出した。目の前にある菓子パンを見てキールは不思議そうにヴィオラを見つめる。その視線は先ほどまでの鋭さを消し去っていてヴィオラはなんとなくホッとした。


「……これは?」

「えっと、キール様がなんだか怒ってらっしゃるように見えたので……この間これを食べて美味しいとおっしゃっていたので、また食べたら少しは気分も晴れるかと思いまして」


 震えながら小声で言うヴィオラは、小さい体がさらに小さく見える。その様子にキールはハッとしてからうなだれ、大きく息を吐いた。


「キール様?」

「すまない……怒ってるわけではないんだ。ありがとう。気を使わせてしまったな」


 フッと悲しげに頬笑むキールの顔を見て、ヴィオラの心臓は大きく跳ね上がった。それは決して怖さではない、だが一体この胸の高鳴りはなんなのだろうかとヴィオラは不思議に思う。


「ん、やはり美味しい」


 ヴィオラからもらった菓子パンを一口頬張り、キールは微笑んだ。その微笑みにまたヴィオラの胸は高鳴り、だんだんと顔が赤くなる。


 そんなヴィオラを見てキールは優しく微笑み、ヴィオラの頭を撫でた。


「ありがとう。ヴィオラのおかげで心が晴れた」




 サエルが帰り、ヴィオラに菓子パンをもらってから執務室で一人仕事をしていたキールは、自分の感情の変化に戸惑っていた。サエルに食べ物を差し出すヴィオラを見て思わず気にくわない、と強く思ってしまったのだ。きっとこれが嫉妬というものなのだろう、だが生まれてこの方そんな感情を持ち合わせたことがなかったキールには不思議でどうしていのかわからない。


 ヴィオラの食べるものを一緒に食べるのは自分だけがいいとなぜかキールは思ってしまう。それほどまでヴィオラのことを気に入っていたとは自覚していなかっただけに、このの状況に驚いてしまうのだった。


「ただそばにいてもらうだけの契約結婚のはず……」


 キールの静かな呟きは部屋に響き渡った。






 

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