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屋敷に着くとキールは応接室にヴィオラを通した。ヴィオラはふかふかのソファに座らされ、むかいにはキールが座っている。
(やっぱり手足が長い……椅子に座ったら足が余ってしまって大変そう)
緊張しつつもそんなことを考えられるくらいには少し余裕が生まれている。だがキールと目が合うとそんな余裕は無惨にも粉々に砕かれてしまった。
(やっぱり、怖い……)
鋭い両目はヴィオラをしっかりと捉えている。その目に見つめられてしまったら二度と逃げることはできないのではないか、本当に黒豹のようだとヴィオラは思う。
「疲れていないか?」
「え、あ、はい、大丈夫です……」
(怖い、けどこういうところは優しいのね)
「それならいい。それではどうして俺が君を婚約者に選んだのか理由を説明しよう。君は魔力が枯渇するから食べ物を食べ続けるんだよな」
キールに言われてヴィオラは食べ物を頬張りながらうんうんと大きく頷いた。
「知っているかもしれないが、俺の魔力は異常に多い。数年前、大魔獣を倒すことができたのもその魔力のおかげだ。だが、この魔力は衰えることを知らずひたすらに増え続け、そのせいで俺はたまに発作が起こる。魔力放出の発作だ」
それは魔力が通常より多い人間が起こす発作で、その発作を起こすとその人間は一時的に自我を失いその場で魔力が放出し暴れ出してしまう。魔力の放出が終わると自我は戻り落ち着くが、それによる被害は災害級とも言われている。その発作を起こす人間は数百年に一人とも言われるほど珍しいものだが、キールは運悪くその発作を起こすほどの魔力の持ち主だった。
「発作の数日前から前兆がある、その間に俺は魔力の放出があっても問題ない場所へ移動している。誰一人いない広大な土地で魔力の放出を行い、何とか被害が出ないようにしていたんだが」
そんな都合の良い広大な土地がいくつもあるわけではない。災害級の被害を起こすため広大な土地はたった一度で見るも無惨な姿に変わり、二度と使えなくなってしまう。
「このままだと魔力の放出を行える土地がなくなってしまう。それは俺にとっても国にとっても死活問題だ。そんな時、君が俺とは反対の魔力が枯渇してしまう人間だと聞いたんだ。国のお抱えの魔術師も君なら俺の魔力を受け止め切れるだろうと言っていた」
食べ物を頬張りながらキールの話を聞き、ヴィオラはなぜ自分がキールに選ばれたのかを何となく納得していた。なるほど、それならば確かに自分が適任なのかもしれない。だがしかし。
「それはつまりキール様が魔力放出を行うときに私がその場にいて災害級の被害を受け止める、ということでしょうか?」
そんなことであれば恐ろしすぎる。いくら魔力が枯渇してしまう身とはいえ、災害級の被害を起こす魔力を受け止め切れるのだろうか?
「あぁ、いや、そんなことしたら君は簡単に吹っ飛んでしまうだろう。そうではなく、魔術師の話だとただ常に俺のそばにいてくれれば良いそうだ。俺のそばにいるだけで俺から漏れ出る魔力が君に自然と吸収されていくらしい。それが常に行われることで、発作自体起こさなくなるだろう、とのことだ」
キールの話にヴィオラはホッとした。災害級の魔力放出を受け止められる自信など毛頭なかったし、想像もつかなかった。
(ただ隣にいるだけ、なら別に何も問題はなさそう……あの怖い顔を除けばだけど)
「君は俺のそばにいる、ただそれだけだ。婚約して結婚するにしても、契約結婚だと思ってくれればいい。騎士の妻として最低限のことをしてくれれば、いついかなる時でも好きな時に好きなように食べ物を食べて構わない。俺はそのことについてとやかく言うつもりは無い、言える立場でもないしな」
好きな時に好きなだけ食べ物を食べていい、その言葉がどれだけヴィオラにとって魅力的で効果的な言葉かキールは知らなかった。
「……わかりました、私、その役目をお引き受けします!」
頬に詰め込まれたクリームたっぷりの菓子パンをモグモグと咀嚼してからごくりと飲みこみ、ヴィオラは両手の拳を握りしめて声高らかに宣言した。そんなヴィオラを見てキールはなぜか目を細める。
(え、こ、怖い、何か気分を害するようなことでも言ってしまったかしら……)
キールの表情にヴィオラが怯えていると、キールはおもむろに席を立ち、ヴィオラの横に座った。
(え?何で?)
驚きのあまりポカンとしているヴィオラの口の端をキールは指ですくい、指をヴィオラに見せた。
「クリーム、ついてたぞ」
そう言って指のクリームを舐めとり、ククク、と笑う。その仕草がなぜか色っぽく見え、しかも笑った顔があまりに優しそうでヴィオラの胸は高鳴った。
(え、え、え、何これ……!?)
ヴィオラの顔が一気に赤く染まり、それを見たキールは目を細めながら小さく微笑んだ。