髪型自由のアルバイト
買い物客もまばらなスーパーマーケット。
店の更衣室では、若い女が制服に着替えている最中。
その若い女は学生で、近所の学校に通っている。
学業の傍ら、少しでも学費の足しになればと、
このスーパーマーケットでアルバイトもしている。
今日も学校の授業を終えて、アルバイトに来たのだった。
無難なデザインの制服に着替え、
唯一の自慢である美しい髪の毛をまとめ、
エプロンを付けたところで、更衣室の扉が開けられ、
髪の毛をひっつめにした中年の女が顔を覗かせた。
その中年の女はパートの先輩で、
その若い女は何かと親切にしてもらっていた。
そんな中年の女が、その若い女の姿を見るなり、笑顔で話しかけてきた。
「あなた、いつ見ても綺麗な髪の毛をしているわねぇ。
そんなあなたにピッタリのアルバイトがあるんだけど、興味無い?」
「アルバイト、ですか?
わたし、学校があるので、これ以上はちょっと。」
その若い女はやんわりと断るが、しかし中年の女は諦めない。
「そんなこと言わないで、話だけでも聞いてみて。
そのアルバイトは、昼でも夜でも好きな時にただ座っていれば良いだけ。
基本的には髪型自由のアルバイトだから、
あなたの綺麗な髪の毛を活かせると思うの。
お給料も良いから、学業の足しになるんじゃない?」
「お金はあって困るものじゃないですけど・・・。
どんな内容のアルバイトなんですか?」
「詳しくは話せないの。秘密厳守で。
でも、お役所にも認定されているから、身元は確かよ。
モデルみたいなものと思ってもらえば良いかな。
ある研究のお手伝いなんだけど、世のため人のためになる仕事なの。」
モデルと言われて、その若い女は考え込んだ。
自分はパッとしない顔だが、
髪の毛だけは美しいと褒められる唯一の自慢。
モデルに興味が無いと言えば嘘になる。
モデルなんてことができるのは、若い今だけかも知れない。
そんな好奇心とも虚栄心ともつかないものが、その若い女を後押しした。
「・・・お話を聞くだけでも聞いてみようかな。」
「本当?ありがとう!」
そうして、その若い女は、パートの中年の女から、
アルバイトを紹介してもらうことになった。
スーパーマーケットでの短時間のアルバイトを終わらせて。
その若い女は、パートの中年の女と共に、夕暮れの町を歩いていた。
中年の女はよほど急いていたのか、
その若い女は、今日も今日に早速、
アルバイト先まで案内してもらうことになったのだった。
中年の女に先導されることしばらく、近所の大きな公園に到着。
どうやらここが目的地らしかった。
広い敷地には多様な花や木々が植えられていて、
薄暗い夕暮れに鮮やかにライトアップされている。
そんな公園を見渡して、その若い女が尋ねる。
「アルバイトって、この公園でですか?」
「うん、そう。
正しくは、ここの地下にあるんだけどね。
さっ、こっち。」
中年の女がその若い女の手を引く。
公衆便所のような小屋の鍵を開けると、中には下り階段が待ち受けていた。
「ちょっと長い階段だけど、あなたは若いから大丈夫よね。」
「は、はぁ、人並みには。」
真っ黒な口を開けた下り階段。
不気味でないと言えば嘘になるが、今更引き返すとは言い辛い。
その若い女は手を引かれるがまま地下へ地下へと下って行った。
長い長い下り階段の先、公園の地下には、薄暗く広い空間があって、
そこには大きく無骨な建物が待ち受けていた。
あちこちに配管が伸びていて、何かの工場といった趣。
工場の口から中へ入ると、白衣の男たちが待ち受けていて、
その若い女の姿を見るなり、両手を広げて笑顔を浮かべた。
「ようこそ、研究所へ。
あなたが研究に参加してくださる方ですね。
まずは仕事の内容を説明しましょう。
どうぞこちらへ。」
言われるがまま、その若い女が案内されたのは、
工場のような建物の一室にある事務所のような部屋だった。
パイプ椅子に座らされると、付き添いの中年の女が隣に座り、
白衣の男がホワイトボードを前に説明を始めた。
「この研究所では、髪の毛を伸ばす薬、育髪剤の研究と開発をしています。
これからあなたにしてもらう仕事は、開発中の薬品の調査、
いわゆる治験のようなものだと思ってもらえば良い。」
治験と言われて、戸惑ったその若い女が言った。
「あのう、モデルみたいなものって聞いてたんですが・・・」
「モデルですか?
確かに、そうとも言えるかも知れませんね。
この仕事は、美しい髪の毛を持つ女の人にしか務まりませんから。
研究と開発のために、
あなたの髪の毛は吟味されることになります。
その様はモデルと言っても良いでしょう。」
「は、はぁ・・・。」
予想していたものと若干異なる内容だが、
ともかくもその若い女は話を聞くことにした。
白衣の男は頷いて話を続ける。
「これからあなたにはまず、髪の毛を全て切ってもらいます。
普通に伸びた髪の毛には、有害物質が含まれていることがありますから。
しかし御心配なく。
開発中の育髪剤は強力ですので、数日もすれば、
あなたの長い髪の毛は元の長さに戻ることでしょう。
それまでは帽子でも被っていてください。
後は定期的にこの研究所で髪の毛を伸ばして切るだけです。
どのくらいの長さの髪の毛を残すか、髪型は自由。
職員に希望を伝えてください。
たったこれだけで、世界中の人々が救われることになるでしょう。
世のため人のためになる、有意義な研究と開発です。
どうです?やってもらえませんか。」
話の最後にそう尋ねられて、その若い女は考えた。
モデルかと思えば治験と言われ、仕事の内容は想像とは違っていた。
しかし、美しい髪の毛が役に立つと言われて、悪い気はしない。
世のため人のためになるのなら、是非にも協力したい。
髪の毛を切ってしまうのは抵抗があるが、
本当にすぐに伸びるものなのだろうか。
すると、そんなその若い女の心中を見透かしたかのように、
隣に座っていた中年の女がやさしく手を握ってくれた。
「大丈夫、心配しないで。
本当に髪の毛はすぐに伸びてくる。
これはあなたにしかできないことよ。」
そんな中年の女の言葉が、その若い女を後押しした。
「わたし、やります。」
何かに追い立てられるように、その若い女は、
紹介されたアルバイトを引き受けることにした。
髪の毛を伸ばす育髪剤の研究と開発のための治験。
そのアルバイトを引き受けることになって、
次にその若い女が案内されたのは、工場のような建物のさらに奥の一室。
そこは鏡張りの美容室のような部屋で、美容師のような職員が待っていた。
「御協力ありがとう。
それではまず、髪の毛を全部切ってしまいますね。
女の人に丸刈りは慣れないでしょうけど、
すぐに伸びるから我慢してくださいね。」
その職員は手際良く、その若い女の髪の毛を丸刈りにしていった。
自慢の美しい髪の毛が切り刻まれ、床に落ちていく。
その若い女は心を痛めたが、しかしこれも世のため人のためと我慢した。
そうして次に案内されたのは、明るく広く大きな部屋。
そこには、たくさんの立派な椅子が、距離を取って等間隔に並べられていて、
椅子には先客らしい若い女たちがやはりたくさん座っていた。
若い女たちは、立派な椅子に座って、雨合羽のようなクロスを身にまとい、
雑誌を読んだり居眠りをしたりと思い思いに過ごしている。
その頭にはシャンプーハットのようなものを付けていて、
揃えられた髪の毛が瑞々しく生い茂っていた。
その若い女も椅子に座ると、
白衣の職員によってすぐにシャンプーハットとクロスが被せられた。
それから何やらスプレーが丸刈りの頭に噴霧されていく。
どうやらこれが件の育髪剤らしかった。
白衣の職員が作業を終えて微笑む。
「はい、これで準備ができました。
後はこの部屋で待機していてください。
この部屋は照明も何もかもが髪の毛の生育のために整えられています。
あなたはただじっとしているだけで結構です。
今日は初日ですので、二時間ほどにしましょうか。
その間、本を読んでも、眠っても、御自由に。
雑誌など希望があれば言ってください。」
「はい、わかりました。」
そうして、その若い女は、
言われた通りに椅子に座って待機することにした。
手持ち無沙汰に周囲を見る。
すると、隣に座っていた若い女の髪の毛が、
先程見た時よりもいくらか伸びているような気がした。
その若い女が椅子に座ることしばらく。
暖かく穏やかな光に包まれ、その若い女は居眠りをしていたようだった。
ハッと目覚めて、周囲を見渡す。
そこは若い女たちが座っている大きな部屋で、
相変わらず暖かな光に包まれている。
しかし、何か違和感があった。
「いっけない、居眠りしてたみたい。
自由にしてて良いって言われてたから良いんだけど。
でも、何か変な気がする。何だろう。」
思わず頭に手をやって、違和感の正体に気が付いた。
「嘘、髪の毛が伸びてる?」
その若い女の頭には、ふさっとした感触。
つい先刻に丸刈りにしたばかりのはずの頭に、髪の毛が伸びていた。
それも、何mmとかの単位ではない。
肩にまで届かんほどに、その若い女の髪の毛は伸びていたのだった。
にわかには信じられず驚くその若い女、
そこに白衣の男がやってきて微笑んだ。
「どうです?この育髪剤はすごいでしょう?
人間の髪の毛は、これほどまでに早く生育できるんです。
たくさんの人々を救うことができますよ。」
「はい、すごいです。
やむを得ない理由で髪の毛を切った人とか、きっと喜ぶと思います。
この仕事、続けさせてください。」
そんなその若い女の言葉に、白衣の男は微笑んだまま答えず、
シャンプーハットを外し、クロスを外し、
テキパキと作業をこなしていく。
そうしてその若い女が、その日のアルバイトを終えて、
工場のような建物を後にした時。
切り落としたはずの髪の毛は、もう肩にかかる程にまで伸びていた。
そうしてその若い女は、
育髪剤の研究と開発のためだという、
地下の工場のような場所でのアルバイトを続けることにした。
学校に、スーパーマーケットでのアルバイトに、
さらにもう一つのアルバイトが加わった生活。
しかし、それは大した負担にはならなかった。
事前の説明の通り、育髪剤の研究と開発のアルバイトは、
自分の好きな時間にあの地下の工場のような建物に行くだけ。
シャンプーハットとクロスを付けて、
育髪剤をスプレーして、椅子に座っていれば、
後は髪の毛が勝手に伸びていく。
そして最後にその伸びた髪を切るだけ。
座って休憩するだけなのだから、
学校やスーパーマーケットのアルバイトよりも楽なくらい。
育髪剤の効き目は強力で、指定された部屋で座っているだけでも、
髪の毛は一時間に何十cmも伸びていった。
あまりにも伸びすぎて、
髪の毛をもう一度切ってもらうこともあるくらい。
楽で、世のため人のためになって、給料も悪くない。
その若い女は地下の工場のような建物に足繁く通うようになった。
その若い女が育髪剤のアルバイトをするようになって、
しばらくが経った、ある日のこと。
その日もその若い女は、学校が終わると、
地下の工場のような建物に来ていた。
こちらのアルバイトの方が儲かるので、
スーパーマーケットでのアルバイトはあまりしないようになっていた。
そのせいで、パートの中年の女と顔を合わせる機会が無く、
アルバイトを紹介してもらったお礼も言えず終い。
すると丁度良く、工場のような建物の中で、遠くに中年の女の姿を見つけた。
「あっ、おばさーん!」
その若い女はお礼を言おうとしたが、
しかし、中年の女は気が付かなかったらしい。
急いでいるのか、構うこと無く通り過ぎて行ってしまった。
「お礼を言いたかったのに、行っちゃった。
次にいつ会えるかわからないし、追いかけた方が良いよね。」
その若い女は荷物を置いて、中年の女が消えた方に向かう。
工場のような建物の清潔な廊下を小走りに駆けていく。
曲がり角を曲がり、分かれ道を適当に進んでいく内に、
普段は行ったことがない、建物の奥地にまで入り込んでいく。
「うーん、ここどこだろう。迷っちゃったな。」
敢え無く道に迷ったその若い女の耳に、何やら楽しそうな喧騒が聞こえてきた。
笛の音に導かれる小動物のごとく、
その若い女が喧騒に導かれて向かった先には、
今までに入ったことが無い何かの部屋が口を開けていた。
その部屋からは、楽しそうな喧騒と、微かに美味しそうな臭いが漂っていた。
「あの部屋、何だろ?食堂かな。
この建物に食堂があるなんて知らなかった。
きっと職員だけが使えるんだろうな。」
なんて羨ましい。その若い女は無警戒に、その部屋に顔を覗かせた。
楽しそうな喧騒と美味しそうな臭いが漂う場所。
その大きな部屋は確かに食堂だった。
白衣の職員たちがテーブルを取り囲み、
白衣が汚れるのも構わず食事に没頭している。
ある者は夢中で食事を貪り、
ある者は満腹を抱えて楽しそうに歓談している。
その中にパートの中年の女もいた。
「あっ、いた。おばさ・・・!」
声をかけようとして、その若い女は言葉を飲み込んだ。
その若い女の目に飛び込んできたものが、言葉を飲み込ませた。
食堂で白衣の職員たちが食べていたのは、ソーメンのようだった。
氷を浮かべたガラス容器に涼しげに泳ぐソーメン。
野菜と油で炒められ香ばしく香り立つソーメン。
それは確かにソーメンのようで、しかしソーメンではない。
そのソーメンはどれも細く細く限りなく細い。
色は真っ黒、あるいは茶色や小麦色のものもあるだろうか。
そのどれもが、見覚えのある色や形をしていた。
「あ、あ、あれって・・・」
口元を覆うその若い女に、中年の女が気が付いて声を上げた。
「あらっ、あなた、入ってきちゃったの?
ここは職員専用の食堂なんだけどね。
見つかっちゃったのなら、仕方がないわねぇ。」
「おっ、おばさん。それって・・・!」
「これ?そう、髪の毛よ。
この工場では、髪の毛を生育して食用にする研究と開発をしているの。
今、世界中で人間がたくさん増えているでしょう?
でも、食べ物は足りているとは限らない。
野菜や魚や肉は、いつも決まった量が採れるとは限らないものね。
だから、もっと違う食べ物が必要なの。
でも、人工的に作られた食べ物は高くて量も用意できない。
食べ物が必要な人間は増えているのに、食べ物は増えていない。
だったら、増えている人間から食べ物を作れば良い。
そうして注目されたのが、髪の毛なの。
人間は毎日、髪の毛が伸びるわよね?
それをただ捨てたらゴミになってしまうけれど、
食べ物にすれば、飢えも満たせてゴミも減らせる。
一石二鳥ってわけね。」
中年の女は淀みなく流暢に話すが、その若い女には話の内容が理解できない。
髪の毛を食べ物にする。
そんなことを受け入れられる人間はそう多くない。
それは、中年の女も理解しているらしかった。
「育髪剤を作って、髪の毛を早く伸ばすことができるようになった。
あなたのように髪の毛が美しい人が協力してくれて、
安全で美味しい髪の毛を作ることができるようになった。
でも、どうしても解決できない問題がまだあるの。
あなたにもわかるでしょう?
髪の毛を食べるだなんて、普通の人には無理よね。
急には受け入れられない。
だから、あなたのような若い人に、
食用の髪の毛の生産から関わってもらうことにしたの。
生産から関わって、徐々に慣れていけば、きっと食べられるようになる。
野菜だって、スーパーで買った野菜はただの食べ物だけど、
自分で育てて収穫したものは愛着が湧くものよ。
あなたもここで髪の毛の生育をして、髪の毛に愛着が湧いてきたんじゃない?
もうそろそろ、あなたも髪の毛の料理が食べられると思う。
心配しないで。
ここで食用にされる髪の毛は、
あなたのような若い女の子から採れたものだから、
清潔で安全で美味しいわよ。
誰だって、不潔なおじさんから採れた縮れっ毛なんて、
食べたくもないでしょう?」
ほほほと中年の女が笑い、
さあどうぞと、その若い女の前に器が差し出される。
その中には、めんつゆに浸された髪の毛がしっとりと浮かんでいた。
「イ、イヤッ!わたし、いりません!」
その若い女は衝動的にその手を払ってしまった。
弾かれた器が床に転がって、中身が床にばら撒かれた。
すると、見ていた職員たちが、わらわらと床に群がった。
「勿体ない。食べ物は大切にしないと駄目だよ。」
「今日の髪の毛は、特別に美味なのに。
これは、誰から収穫した髪の毛だったかな。
ひょっとすると、君の・・・」
そこまで聞いたところで、その若い女は、
口元を手で覆いながら食堂を飛び出し、
そのまま工場からも出て行ってしまった。
地下の工場で生育された髪の毛のその使い道を知ってから、
その若い女はもう、アルバイトはおろか、
地下の工場に足を踏み入れてもいない。
とてもアルバイトを続ける気にはならないし、
今までに自分が提供した髪の毛が何に使われたのか、
考えたくもないことだった。
パートの中年の女とも顔を合わせたくないので、
スーパーマーケットでのアルバイトにも行っていない。
今はただ、学校と家を往復して勉強するだけの生活。
しかし、それも良いとその若い女は思う。
おかげで時間に余裕ができて、友人と付き合うことが増えた。
豊かな学園生活。
今日もその若い女は友人と食事に行くところ。
友人から、是非とも連れて行きたい店がある、と言われてのことだった。
「ほら、もうすぐだよ。
あの店の料理は特別で、どれもほっぺたが落ちるくらい美味しいんだよ。」
そう言って朗らかに笑う友人の顔から、
その若い女は目を離すことができずにいる。
その瞳に映る友人の口には、真っ黒で長いソーメンが挟まっていた。
終わり。
今年も暑い季節になってソーメンが食べたくなったので、
ソーメンが登場する話を書くことにしました。
でもその内容は食欲をそそらないものになってしまいました。
食事は人間が動物に戻る場面の一つだと思います。
でももちろん人間は動物とは違います。
自分が食べるものは自分で選びたいものです。
お読み頂きありがとうございました。