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紅の章 第九十七話 相馬のお茶

 美珠は晩餐会の後、部屋に戻り、服を脱ぎ捨て寝巻きに着替えるとそのまま布団に転がった。

 服を片付ける侍女の隣で珠利もほろ酔いで椅子に座って美珠に視線を送る。

「偉くつかれてるじゃん」

「本当に疲れたわ。祥子叔母様ってどうしてあんなにおしゃべりなの?」

「さあ、王様以上かもしれないね」

「ああ、なんか。本当にもういいわ。おいしいお茶のみた~い」

 二人がくつろいでいると相馬が台車に乗せてお茶の用意を持ってきた。

 美珠は用意のよさに喜ぼうとしたがその姿に姿勢を正した。

 それほど相馬の瞳は鬼気迫るものがあったのだ。

 二人は相馬の所作をしっかり見ていた。

 目を離すことが出来なかった。

 相馬は温めたポットを取り出し、さじを目の前に水平に持ってゆき、目にも留まらぬ早業で茶葉を掬って淹れた。

 そして早いだけではなく一つ一つの動きが神経質とも言うべきほどきっちり行われていた。

 そしてポットに熱湯を注ぐとすぐに蓋をして、顔を上げた。

 見開かれ充血した目で。

 そんな眼で見られると怖くなって慌てて二人は視線を反らした。

 まっている時間はそれほど長くはないはずなのに、妙に重い。

 そして時間が来たのかお茶を暖めたカップに注ぐと、優雅な仕草で二人の前に差し出した。

 それはしっかりとした琥珀色で、立ち上る湯気から茶葉のよい香りが鼻孔を刺激した。

「あ、ありがとう」

 美珠は珠利と顔を見合わせ、一口飲んでみた。

 飲み込むと渋みのない茶葉、独特の味が広がってゆく。

「おいしい!」

「うん、今日のはおいしいね」

 すると相馬はその場に座り込んだ。

 二人よりも神経を使ったのはやはり相馬だった。

「よっしゃあ! あのくそ馬鹿ボン! 見てろよ! 明日ギャフンって言わせてやる」

 そう言ってから内ポケットから自分の赤い皮の手帳を取り出しめくった。

「そういえば、明日は王都の観光と晩餐会あるんだった。支度しないと、お茶のせいで今日の予定、狂いまくりだ。じゃあ、お休み美珠様」

「うん」

 普通に戻った相馬が出てゆくと美珠と珠利は顔をあわせた。

「なんか、最後のでどっと疲れが」

「だね、さ。寝ようか」

「うん。おやすみ珠利」

「おやすみ、美珠様、よい夢を」

 珠利は明かりを消すと美珠の部屋から出て行った。



 次の朝、親子での食事が終わる頃、相馬が現れた。

「どうしたの?」

「お茶を淹れて差し上げます」

(ま、まさか!)

 今から三人へとお茶を入れようとしていた侍女の方へ寄ってゆく。

「昨日、練習したんで、練習の成果をおっしゃっていただけると」

「あら、道代のお茶はとてもおいしかったから嬉しいわね。相馬、貴方もおいしいお茶を淹れられるのかし……ら?」

 教皇もその異変を感じ取っていた。

 茶葉の筒を見た相馬の瞳が異様なほど血走ったからだ。

 ゆったり構えた国王も、あわてて背筋を伸ばし、教皇へと手を伸ばしてしっかり握りこむ。

 教皇はそんな国王の心を支えるかのようにしっかりと手を握り返した。

 相馬が血走った瞳で茶葉をぴっちり計っていると、扉が叩かれ部屋に人が入ろうとした。

 相馬はその際、風が動いたことすら腹立たしいようだった。

 大きな声で怒鳴りあげる。

「入らないで!」

 先頭にいた光東は怒鳴り声に押されて慌てて扉を閉めた。

 そしてすぐに中を確認するためか少し扉を開けて様子を伺った。

 部屋の中には姿勢をただし、一点を見つめる家族と、今にも倒れそうなほど目を見開いた侍女、そして一体何をしているのか分らない相馬の背中。

「どうした? 光東」

「相馬殿が」

「相馬が?」

 国明は扉を開けて入った。

 その隣にいた珠利は昨日の悪夢を思い出し、入らないように決めたようだった。

 そして彼に教育を施した聖斗もその異様さは分っていた。

 だから二人は外で待機することにした。

 けれどそれを知らないほかの者達は入った事に後悔した。

 相馬はまるで魔王のような顔でお湯を注ぎ、妙に俊敏にふたをするとまた瞬きもせず顔を上げて周りを見た。

 部屋にいる誰一人、目を合わせたくなくて顔を反らしていたが、話をすることは出来なかった。

 そしてやっとの思いでカップに注がれたお茶はいい色をしていた。

 それでもまだ終わりではない。

 感想を求めるかのように相馬が三人の後ろを歩き回っているからだ。

 美珠は一口飲むと相馬に頷いた。

「うん! おいしいよ!」

「ええ。相馬、とてもおいしいわ」

「そうですか、良かった」

 相馬が顔を崩すと、やっと空間が平常に戻った。

 部屋の中の声を聞いてから珠利と聖斗は部屋へと足を踏み入れた。

「お待たせしました。では、今日の予定確認しましょうか」

「ああ、えっと」

 国王の側近は書類を読もうとしたが、混乱しているのか全て床にぶちまけた。

 それを拾っている間、先に教皇の予定を確認しようとした遜頌も妙に手に汗をかいていたらしく書類が濡れてしまっていた。

「午前中、教皇様は教会で祥子様とお茶を楽しんでいただきます。これは祥子様からのご依頼あったものです。警備にあたるのは教会騎士団。私も同席させていただきますが、昨晩の様子では話題には事欠きませんかね」

「でしょうね」

 普段、口数の少ない教皇は少し気が重くなったようだった。

 やっと書類を集めることができた国王の側近は次に書類を読み上げた。

「国王陛下と美珠様は祥侘様、祥伽様とこの国の要所を回っていただきます。国立音楽院、国立図書館、国立競技場。これに同行するのは国王騎士、光騎士、魔法騎士、暗黒騎士となります。各騎士三十名、前後左右守ります。あと、伝えておくことは……」

 書類をめくりながらも、額に汗を浮かべていた。

「あとは夜の舞踏会ですね。かなりの出席者になります。皆さん警備をおこたらないでください」

 少しおかしな空気の流れる部屋で相馬の溌剌とした声だけが響いていた。

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