紅の章 九十六話 命名、夜の帝王
晩餐会では秦奈国の王室と紗伊那の王室が交互に腰掛け並んでいた。
美珠の右に祥侘、左に祥伽という席順。
そしてそれに垂直に配された、各地の有力者、秦奈国から来た武官や両国の官吏。
この日、一番目立っていたのは祥子だった。
王の左側に腰掛け、誰よりもきらびやかな衣装を身に纏い、嬉しそうにグラスを持って声を張り上げた。
「今日はお集まりいただいて有難う存じます。この国の王家の血を引いた第一子が来年の春、秦奈国の王として即位いたします。第二子はそんな兄を補佐し、二人合わせて国を守り立てるつもりでおります。この二人を今後とも可愛がってくださいますよう」
「もういいし」
ポツリと祥伽が呟いたが、高揚した祥子の耳には入っていないようだった。
それからも暫く話しつづける祥子を止めたのは祥侘だった。
「母上、そろそろ」
「おお、そうじゃったな。では乾杯」
グラスを掲げると居並ぶものたちはやっと話が終わり安堵の息を吐いた。
そして歓談が始まると美珠も祥侘へと向いた。
「来年の春に即位されるのですか」
「ああ、あの後、帰ってそういう風に決めたんだ。そして香苗を妻にする」
「あ、香苗さんはお元気なんですか?」
「ああ。今は修道院に入って身を清めている。変なうわさはついて回るが、それでもお互い供にいたいからな」
「よく言うよ」
祥伽は吐き捨てた。
「そのせいでこいつの婚約者が俺について回ってくる。どうにかしてほしい、あの巨漢」
「いいじゃないの」
「無理。俺理想が高いから」
そう自慢げに言い切った祥伽に美珠と祥侘は吐き捨てる。
「女嫌いの癖に。偉そうに」
すると祥伽は二人を睨んだ。
「お前ら、覚えてろよ」
「貴殿には礼をせねばならないな」
国明の前には供に主を探しに行った武官が座っていた。
「構わんさ、しかしそちらも大変だな。これから」
「今回が初めての危機ではない。以前もあった。が、王がうまく対処されていた」
国明の隣に座っていた暗守も魔央も男から出てくる言葉に耳を傾けていた。
「ただ今回、北晋国は何かに焦っているようだ。これほどボロを出すとは。そして紗伊那国にまで敵意を見せてしまった。大失態だろう」
「北晋国の黒幕はやはり王か?」
「おそらくな」
男が頷くと、楽しげな祥子の声が響いた。
「しかし、兄上の取り巻き立ちも年をとったもんじゃのう。数馬はかなり太ったのう。なんじゃ、その隣におる娘っ子が妻か?」
隣に座っていたのは珠利だった。
珠利は突然話をふられ、むせて苦しんでいた。
「いえいえ、妻には先立たれまして。今は娘と息子がおりますよ」
「ふむ、お前の子ならばさぞ、固いのであろうな」
「娘は海軍におります。息子はそこに。美珠様の執事をしております」
すると祥子と祥伽は隅の方にいた相馬に目をやった。
「なんだ、お前のへなちょこ彼氏、重臣の子か?」
「もう、そんなに刺激しないであげて、あとね、相馬ちゃんは」
否定しようとすると祥子の声が響いた。
「ホホホ。数馬の若い頃を少し細くした感じじゃな。して、麓珠、ぬしはどうじゃ、あの頃、べたぼれだった妻は息災か?」
「ええ」
一方、文官の長は静かな顔をしていた。
「して? 子供はおるのか? お前のように文官か?」
「いいえ。これがまた言うことを聞かぬ息子達で、長男は我が跡目ではなく国王騎士団長をしております。次男は今留学を」
すると祥子の瞳は国王騎士団長の鎧へと向いた。
そして国明を見ると面白そうに笑った。
「ほう、これはいい男じゃな。女子は放っておかんじゃろう」
「あ、いえ。」
国明が否定しようとすると祥子は付け加えた。
「いかんぞ。あまり女子を泣かせては。おんしの相は女を泣かせる顔じゃ。ほらいうてみい、今まで何人の女を泣かせた?捨ててきた?」
「そ、そんなことは」
国明は困ったように首を振った。
一方、美珠は信じられない言葉に首を振った。
「祥子様は人相学でもおできになるの?」
「え? 適当だろう? 酔うとああなる。でも、確かに、あの顔は女、ぽいぽい捨てそうだな」
偉そうに分析する祥伽に美珠は口を尖らせてから、見えないようの足を踏みつけた。
「何だよ。痛いなあ!」
「国明さんはそんな人じゃありません」
「わからないぞ。男なんて本能で生きてるもんだ。ほら考えてみろ、あの男、涼しい顔して両手に女侍らして、その足元で女を跪かせて足舐めさせてるかもしれないんだぞ。きっと夜の帝王だ!」
そんな姿を想像してしまうと美珠は頭を抱えたくなった。
(夜の帝王って何ですか、それ)
「美珠様」
突然、ふられて慌てて祥子にひきつった笑顔を向ける。
「美珠殿はこれだけ見目のいい騎士団長に囲まれておったら目移りするじゃろう。どれか心に決めた男はいるのかえ?」
「ええ?」
(そりゃあ、いますけど。ここで言うのですか?)
こんな大勢の前でいう勇気はなかった。
すると相馬が立ち上がった。
「姫様はどの騎士団とも信頼厚く接しておいでです。まあ、両手に花、男版というところですかね。姫の特権ですね」
すると会場から笑い声が上がった。
「なんだへなちょこの癖に立ち上がる勇気はあるんだな」
「へなちょこっていうのは止めてあげて」
「絶対あんなへなちょこよりも俺のほうができる男だ。お前だってそう思うだろ?」
「どうかなあ」
美珠が首をかしげるとその後ろで兄がにやついていた。
「この賭け俺の一人勝ちだな」