紅の章 第九十三話 王の甥っ子
さほど大きくない部屋の一つに各方面の将軍と騎士団長たちが集まっていた。
「この度の騒ぎ大変申し訳ありませんでした。我が国の愚か者達が勝手にこの国に入り、それを連れ戻すためにさらに多くの者がこの国に入ってこじれてしまいました。今回こちらの方々の助けによりそのものたちは命を落とすことなく戻ってこられました。ここに礼をいたしましょう」
そう言って差し出したのは金の箱だった。
「これは詫びということか、それとも今後の防衛に関する代金も入っているのか、お教え願いますかな?」
尋ねたのは数馬だった。
「これはほんの詫び。今後、この祥侘が王となった暁には国交は回復していただきたい。私も里帰りをしたくての。夫は許してはくれなかったが、今はそうも言っておれん。兄上、この子達はあなたの血の繋がった甥っ子、よしなに」
すると席を立ち上がったのは祥伽だった。
騎士団長たちの目がひきつけられる。
祥伽の顔には今にも切れそうな血管が浮き上がり、あからさまな怒りが見えた。
「このように下手に出ることは気に食わない。秦奈国は属国ではない」
「祥伽! 座れ」
「こんな席に座ることさえ不愉快だ!」
吐き捨てると部屋から出て行ってしまった。
「許してください、弟は秦奈国を思っているだけのこと。では話の続きを」
穏やかな顔を取り繕う祥侘は皆の視線を戻した。
「あら、偉く怒ってるわね?」
美珠が庭の椅子に腰掛けお茶を飲んでいると突然荒々しく隣の椅子に腰をかけてきた。
「俺もお茶」
相馬は突然の命令に慌てて支度を始める。
「美珠様」
珠利の顔には追い払おうかと書いてあったが、美珠はそれを止めた。
相馬は手早くお茶を支度して、祥伽に渡すと、遠巻きに二人の様子を伺っていた。
けれどそのことに気がつくと祥伽は一度二人をにらみつけた。
「ごめん、二人とも、ちょっと席を外してくれるかしら?」
「え? でも」
「分った。行こう」
美珠の気遣いが分かった相馬は珠利の手首を掴んで少し離れたところに立った。
「何を怒ってるの?」
「正直、秦奈国は対等だと思っていた。どこの国とも対等な国だと。だが、どうだ。弱小国だ。他国からの脅威から身を守るためにこの国に頭を下げなければいけない。今まであったこともなかった親戚に、甥っ子だからと頼らなければいけない。こんな屈辱」
美珠はお茶を一口飲み込んで、ふと王都の景色を思い出した。
答えない美珠に祥伽はさらに苛ついたようだった。
「何だ、大国だからと斜に構えているのか」
「いいえ。そうではなくて」
「じゃあ何だ!」
「もし私だったら、と考えているだけです」
けれど答えはすぐに出た。
王都にいる初音や、地方にいる咲を守るのなら頭ぐらい何度だって下げてやる。
それで助けられるかもしれないのなら、そんなこと少しも惜しくなかった。
「私は頭を下げます」
「仮想だからだ」
「でも、頭を下げれば国の人を助けられるんでしょ? だったら、私は下げるわ」
「下げても保障はないんだぞ」
「それでも下げる」
美珠が凛として答えたのを聞いて祥伽は黙ってしまい、そして頭を冷やして考えようかとでも思ったのか静かにお茶を口に含んだ。
けれどすぐに奇声を上げた。
「薄! 何だこれ」
美珠も静かに頷いた。
「そうなのよね。ばあやのお茶は絶品だったのに。どうしてか、こうも薄いんですよね」
「何だ、味出てないだろう」
祥伽は今までの怒りを忘れたのか、それとももうこの話題をなしにすると決めたのか、大げさにポットを手に取ると覗き込んだ。
美珠も今までの疑問を晴らすために覗き込んでみた。
「うそだろう。こいつ。お茶の入れ方、知らないのか?」
「これは私の体を気遣ってくれてというわけでもないでしょうしね」
覗き込んだ先にはたった一つまみ分の茶しか入っていなかった。
「お前、よく我慢してきたな。俺は一口で無理だったぞ。」
「明日から直してもらおうかしら。」