紅の章 第七十四話 馬鹿ボンと馬鹿姫
「蕗伎、話をしようよ」
「何の話さ」
「全部嘘だったの?」
「全部って何が?」
「だって私達の間いつも入って仲裁してくれたじゃない」
「ああ、あれ? だって二人とも仲悪すぎでしょう、あれ」
美珠が飛び出ようとすると国明の腕が止めた。
「お知り合いなのですか?」
「お知り合いだもん! 友達だもん!」
すると蕗伎は声に出して笑った。
「トモダチ? 笑わせるね。殺そうとしたのに」
「蕗伎!」
「あ~あ。今回は完敗か。むしろ逆に北晋国が目をつけられるようにしちゃったかも。やっばいなあ。怒られる」
蕗伎の口調はどこまでいっても変わることなかった。
そして美珠に背を向ける。
「蕗伎! ちょっと待って!」
「おい、待て逃げるな!」
美珠の変わりに追おうとした珠利の踏みこんだ足元が突如崩れる。
珠利は何度か体勢を立て直そうと体を動かしたが、崩れた砂に巻き込まれ土にうもってしまう。
「珠利!」
「あ~言うの忘れてた。さっき、美珠落とそうと思って掘ってたんだった。あ、気をつけてね」
高笑いだけ残して蕗伎は闇夜に姿を消した。
一方、珠利が落ちた穴に竹やりが降ってくる。
すぐに国明が動いた。そしてもう一人、剣の鞘でそれを打ち払った。
「国友、助かったよ~」
「珠利さん、大丈夫ですか」
国友が心配そうに珠利に手を差し伸べると、珠利は恥ずかしそうにその手を取った。
「カッコ悪いね。この年になって落とし穴に落ちるなんてさ。子供かってんだよね?」
「いいえ。珠利さん、頑張りやさんだから」
国友は穏やかな顔想像できない力で珠利を上へと上げると、すぐに美珠が珠利に抱きついた。
「よかった珠利!」
すると珠利も目を閉じて美珠を抱きしめ返した。
「大丈夫だった? 美珠様も」
「うん。全然大丈夫!」
「そっか、じゃあ、容赦しないよ」
「え?」
珠利は両手にげんこつをつくりそのまま美珠のこめかみをぐりぐりと押し付けた。
頭を圧迫され美珠は悲鳴を上げる。
「いたあああああい!」
「どれだけ心配したと思ってるの!」
「だって、あれは不可抗力で!」
「城抜け出したのどこの誰?」
「私です。すいませええええええん。いたあああああい」
美珠の叫び声を聞きつけ後ろから暗守と聖斗も顔を見せた。
そして微笑みながら美珠を見つめる国明を見つけ、お互い顔をあわせた。
「やはりお前も来たか」
「すぐ戻る。この馬鹿姫を送り届けてくれるか?」
「え? もう帰っちゃうの?」
美珠は珠利から開放され、ヘロヘロになりながらも縋るように手を伸ばし国明へと向かった。
すると国明はさわやかな笑みを向け腕を開いた。
「さあ、いらっしゃい。馬鹿姫。今度は俺がグリグリして差し上げましょう、寂しかったでしょうし、脳みそもとけてるでしょうしね。今日は離しませんよ」
その笑みが優しさからきていることではないことぐらいもう美珠は分かっていた。
(こ、これは怒ってる証拠ですよね)
下手に出ることにした。
「国明さん、あのこれはですね。色々な人間模様がありまして、聖斗さんも暗守さんもとりあえず聞いてください」
「馬鹿ボンと一緒に馬鹿姫が川を流されたっていう話だろ?」
「そう、馬鹿ボンと馬鹿姫が……って相馬ちゃん! 来てくれてたの?」
「うん、竜の餌のお運びさせられたよ。で、」
相馬は一度頷くとあたりを見回した。
「その馬鹿ボンってどこ?」
「え? いない?」
美珠が急ぎ首を回してあたりを見回しても見慣れた赤い瞳の主はいなくなっていた。
「あれ? 祥伽?」
(一体どこへ)
「あっちはあっちの馬鹿ボンのお守りが来ていた。それにつれて帰られたのでしょう」
「え? どういうことですか?」
すると国明はもう一度笑みを向けた。
「馬鹿ボンと馬鹿姫にはお守りが必要ってことですよ。向こうも相当過保護のようだ。国境を越えてお守りが助けに来るんだから」