紅の章 第七十三話 守護者の背中
その大きな背中を自分が間違えるはずはなかった。
(来てくれた)
すぐに目に涙が溢れて背中が見えなくなってしまう。
それが嫌で腕で涙を拭いてもう一度白い服に覆われた背中を眺めてみる。
「珠以。本当に貴方なの?」
「言ったでしょう? この命尽き果てるまで貴方をお守りしますと」
その言葉はなんと自分を安心させてくれる言葉なのだろう。
拭いきれない涙が頬を伝ってゆく。
一方、国明は美珠に視線を向けることなく蕗伎を睨みつけた。
武人独特の瞳で。
相手もまた瞳を本気の色に一瞬にして変えた。
「何? また美珠の援軍?」
「今の太刀筋……お前、美珠様の顔に傷をつけるつもりだったのか? この方を傷つけるつもりか?」
「ああ、うん。そうさ。さんざん、痛めつけてから止めをさそうと思ってね。楽しそうじゃない? 一体いつになったら自分を殺してくれるのかって血を流しながら考えるんだ。そしてヒイヒイ泣きながら請うんだ。もう殺してくださいってさ」
「なら、お前もそうしてやろうか?」
国明は柄を握る手に力を入れると剣に風をまとわせ小さな竜巻のようなものを作り出し、蕗伎に切りかかった。
反射的に避け美珠から離れた蕗伎へと更にもう一撃。
蕗伎は相手の実力を瞬時に理解したのかあと数歩ひいた。
けれどその途端、何かが隣から近づいてくるのが見えた。
無意識に折れた右手で体を守る。
すぐにそれが失敗だと気がついた。
そこに容赦なく全体重と勢いを乗せた蹴りが飛んできた。
「いてええ! ありえない。人の急所を」
蕗伎は叫び声をあげてもなお、ニヤニヤと笑っていた。
蹴りを喰らわせた相手は体を反転させ地面に着地する。
美珠は大声で叫んでいた。
「珠利!」
「美珠様! 会いたかったよお。大丈夫? 怪我とかしてない?」
「してない!」
「そうよかった」
美珠の前に国明と珠利が立ち、二人の背が美珠を庇った。
一方、祥伽は迫ってきた敵の腕を掴んで刺されることを避けようとしていた。
そんな時、相手が後ろから貫かれ倒れてきた。
その向こうにいたのは赤い瞳の男。
そしてこの男を祥伽と兄は恐れていた。
「将軍、お前」
「探しましたよ。この馬鹿ボン」
「馬鹿ボン言うな!」
けれど将軍は殴るわけでもなくただ祥伽を抱きしめた。
「な、何だよ! やめろって!」
「ご無事で何よりです。さ、祥侘様はどちらに」
「ああ、向こう、でも」
祥伽は美珠へと視線を遣る。
彼女だけを残していくことなど出来なかった。
けれどここから見える美珠は誰か別の背中に庇われている。
「馬鹿ボン。早く兄上様を。怪我をなさっているんでしょう?」
「あ、ああ」
祥伽は美珠に視線を送りつつ、兄の方へと走り出した。