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紅の章 第六十八話 更に変な方向へ曲げる

 祥伽がうっすらと目を開けるとぼやけた紺の空。

「……ここは」

 自分はここで何をしているのか。

 どうして自分は吹きさらしの下、転がっているのだろう。

 そして右手に柔らかい何かを握っている。

 きつく力を込めると心地よい弾力と程よい固さ。

 それを握る握力を緩めたりきつくしたりしながらふと考える。

「俺は、何してたっけ」

 けれどぼんやりしていた頭がどんどん覚醒を始める。

「そうだ! 美珠! 蕗伎!」

 顔を上げるとそばで少女が気を失っていた。

 そして祥伽は目を見張った。

 自分が落ちても尚、美珠の手をしっかり握っていたから。

 心地よい弾力の正体は彼女の手。

 慌てて離そうとしたが、どこかでまだその手を握っていたかった。

 女なんて誰かに頼らなければ生きていけない生き物だと馬鹿にしてきた自分がいる。

 女なんぞ信じたくはない自分がいる。

 女なんか守りたくない自分がいる。

 蕗伎が初めて会った時、自分が美珠の手を放さなかったと言っていた、嘘だと勝手に思っていた。

 さっきも、谷底に落ちる彼女を助けるという使命のために手を伸ばすのだ、と自分に何度も言い聞かせた。

 にわかに自分の行動が信じられなかった。

「何で俺がこんな血の気の多い小娘に」

 けれど、目の前で水に濡れた美珠を見ると小娘と言い切れない何かが自分のなかで湧き上がっていた。

 そうっと手を伸ばして頬に触れてみる。それは思っていたよりも冷たくてすべすべしていて心地よかった。

「何だ、触れるじゃないか」

 自分の中で笑いがこみ上げてきて仰向けになると、切り立った崖が視界に入った。

「そうだ、そうだ。落ちてきたんだった」

 そしてもう一つ大切なことを思い出して首を動かす。 

「蕗伎!」

 少し行った先に蕗伎はいた。

 体半分、川に入ったまま気を失っているようで、右腕が変な形に曲がっていることから折れていることがすぐに分かった。

 祥伽はあたりを窺ってから近寄った。

 

 美珠に張られた魔希の結界に一緒に守ってもらった祥伽と違い、蕗伎は先に落ちてしまったために水の衝撃をもろに食らったのだろう。

 祥伽はそんな蕗伎の体を水から引き上げると折れてる腕をまともな方向へ戻そうとした。

「痛い」

 か細い声で言った蕗伎に声を返す。

「五月蝿い」

 傍に落ちていた木の添木にして、自分の外套を少し破いてくくりつける。

「馬鹿だね、祥伽。俺を生かしといたら殺しに行くよ」

「俺の命なら何度だって狙いに来ればいい。でも美珠の命はもう狙うな」

 返答のない蕗伎に苛立ち手に力を込める。

「痛いって。手当ての仕方分ってるの?」

「お前が分ったっていうまで痛くするからな」

 すると蕗伎は息を吐いた。

「分ったよ。美珠には手を出さない」

「よし」

 祥伽は紐を結び終えると立ち上がった。

 そして気を失っている美珠を何とか両腕で抱き上げた。

「重い」

「そんなこと言ったら叩かれるよ」

「……そうだな。キレるな、こいつ。じゃあ俺は行くぞ」

 腰を入れて歩いてゆく祥伽を見送った蕗伎はただ呟いた。

「絶対手当てとかしたことないだろう。さらに変な方向に曲げてさ。めっちゃ痛い、あの馬鹿」


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