紅の章 第六十七話 舞い降りた竜
「国王騎士団長!」
突然飛来したのは元竜騎士の老齢の男だった。
元竜騎士である彼は眼下を走っていた夜遅くに全力で駆ける者たちを見つけていぶかしみ近寄って、国明の存在に気がつくと国からの伝令かと止めたのだった。
国明の後ろに控える新入団員二人は飛竜を初めて目の当たりにして、目を輝かせ、老いた飛竜の爪先から頭まで余すところなく視線を送っていた。
「今から緊急伝令に城へ行くところですが……、団長もこちらに? 西では?」
「ちょっとな、で、何か分ったのか?」
「は、美珠様と赤い瞳の男がどうやら谷底に滑落したと。今、暗黒騎士と教会騎士の方々が捜索に当たられています」
「滑落?」
珠利が耐えられなくなって声を上げた。
「赤い瞳は一人か?」
その声に竜騎士は警戒した。そこにはもう一人いたからだ。赤い瞳の男だった。
「どうだ?」
国明が答えを促すと元竜騎士は首を振った。
「東の村が襲われたとき、傷を負った二人の瞳の赤い男女を保護しました」
「男女を保護!」
赤い瞳の男は乗り出した。
「ですが、二人は逃げ出し、暗黒騎士の追尾を恐れ谷に自ら飛び降りました。その後、黒い一団に襲われている美珠様と赤い瞳の男を魔法騎士が発見しましたが結局は」
「距離は?」
「ここから馬でならば飛ばしても半日はかかるでしょう。」
半日ときいて国明はもどかしさを感じた。
「ですが、飛竜なら半時。お乗り下さい。谷底へお連れします」
「だが、君の報告は」
「国への報告も大切なことです。ですが、今は美珠様のもとへ戦力をお送りする。それも大切なことです」
その言葉を聞いて耐えられなくなるほど嬉しくて国明は人前も忘れて顔を崩した。珠利もまた隣で軽く歓声を上げた。
「これで逢える!」
「慶伯まで連れて行ってくだされば、私が慶伯のものを使い、灯台から城へ知らせます」
突然話に割り込んだ女は眼鏡を持ち上げた。
国明は初めて見る女だった。
体つきからしても兵でも騎士でもない。
一般人に違いなかった。
「慶伯ならここから近い」
次に空気を呼んだのは安緒だった。
「なら、俺がこの方を慶伯までお連れします。俺の馬の扱いのほうがこの馬鹿よりもうまいですから。なんたって俺は馬にかけちゃあ、地元寧県の誰を集めても右に出るものはおりませんでしたし」
「できるか?」
「俺だって国王騎士の端くれです。何のためについてきたとお思いですか。このような時にお力になれずいつなれるというのですか」
顔を紅潮させ熱く語る安緒の頭に国明は手を置いた。
その仕草に安緒は目を潤ませた。初めて自分という人間をちゃんと見てもらえたと思ったからだ。
「団長、俺、頑張ります。」
騎士であるならば伝令よりも団長とともに姫を助けるほうに心が動くことは国明が一番に知っている。
けれど彼は自分の特性を理解し優先事項を理解した上で、嫌いな国友にその職を譲ったのだ。その心がやはり騎士だった。
国友もその安緒の気持ちが分かって感謝しつつ声をかけた。
「頑張れよ」
「言われなくたって頑張るさ。国のため、美珠様の御為だ。お前こそ、足手まといになるなよ」
「分かってる」
安緒は国友の言葉を聞くと頷いて項慶を馬に引き上げ元来た道を引き返していった。
「羨ましいですな。若い騎士というのも」
「あつかましいのは分かってる。けれど、私も乗せてもらってもよいか?」
「ああ、乗れ」
赤い瞳の男は飛竜に乗ると国明に頭を下げた。
「あの馬鹿ボンどもをとっちめたら必ず礼はさせていただく」
「そうだな。事情をきかせてもらいたい。俺は本来国境にいなければいけない人間だからな。秦奈国の国境について説明を求めよう」
「ああ」
「では参ります。飛竜の鱗におつかまり下さい」
元竜騎士は国明、珠利、国友そして赤い瞳の男を飛竜の背中に乗せ、飛び上がった。