紅の章 第六十一話 魔希
相馬、暗守、聖斗の三人は顔を見合わせ表へ出ると暗守が報告のために飛竜使いを呼び寄せた。
「兎に角、これを王城へ知らせにいかせよう。しかし、どこか腑に落ちんな」
「祥侘って名前、どこかで聞いたことがあるような気がするなあ」
「あの男の名前ですか?」
聖斗の言葉に相馬は何度も何度も頷いた。
情報を収集することが趣味である相馬のどこかに引っかかる名前。
けれどそれが脳のどの引き出しにしまったのか分からなくなってしまっていた。
「ええ、どこか、どこだったかなあ。割と最近なんですけど」
「できれば早く思い出してもらいたいが……」
「ええ、必ず。少し籠もって思い出してきます」
聖斗の言葉に相馬は難しい顔をして一人天幕へと戻っていった。
「ここにいたか。」
地べたに座ったまだあどけない少年は声に顔を上げた。
持ち上げた瞳にどこか、どきりとする色気を伴って。
暗守は一瞬、女のようにも見えた少年に無表情のまま夕食のスープを手渡した。
魔希はすぐにキリリと顔を引き締めると、年相応の笑顔でスープを受け取った。
「すいません。団長に運んでいただくなんて」
「いや、お前こそご苦労だった。疲れただろう。しかし、お前のお陰でいい情報を得た。これで美珠様が救えるやもしれん」
「だったらいいですけど」
魔希は微笑むと視線を落とし、ポトフの中を眺めていた。
「美珠様、温かい食事、取れてるんでしょうか」
「さあ、どうだろう」
暗守もまた美珠のことを考えれば暗い気持ちになった。
男に連れ去られたというのならば、どんな目にあっているのかも分からない。
彼女が並みの男よりも弱いとは思わないが、それでも世間のことを知らない姫だ、うまいこと言われてつれまわされているのかもしれない。
緊縛され、男に手篭めにされているのかもしれない。
暗守は頭を振った。
考えたくもなかった。彼女がそんな目にあうことなど。
「そんな風に悪いほうに考えてはいけませんよ、暗黒騎士団長。美珠様は案外、この外出を楽しんでおられるのかもしれませんし」
年下の魔希の言葉に暗守はフッと息を漏らした。
「確かにあの方ならば、外の空気を満喫されてそうだ」
「ええ、川魚を取って焼いておいしいと微笑んでらっしゃいそうな気がするんです」
魔希は暗守の目を見て微笑むと手早く食事を掻き込み頭を下げた。
「ちょっと、日課の散歩に行ってきます」
「こんな時間にか?」
「ええ。自然を感じる。これも魔法騎士の鍛錬の一つなんです」
「気をつけろ。どこに何が潜んでいるか分らないからな」
「はい」
まるで弟のように愛想の良い返事をして魔希は背を向けた。
暗守はそんな背中を見て魔央に呟いた。
「お前が溺愛する意味がわかった気がする」