紅の章 第五十七話 双剣の紅い瞳
「借りてきたよ」
珠利が馬を四頭連れてくる間、国明は騎士見習い二人に水と食べ物を与えていた。
二人は置いていかれないように急ぎつつも飢えと渇きを癒すため、腹の中にものを詰め込んでいた。
その姿もまるで勝負しているかのようだった。
「もういいか?」
「っぐっつ、ゲホ! はい」
「行けましゅ」
二人はお互いの皿の減り具合を見て更に口にものを詰め込むと立ち上がった。
けれど、目の前の団長は二人の姿など見てはいなかった。
国明の目が違った。
その理由がすぐに分かって二人も同じように睨みをきかせる。
目の前に歩いている男の瞳の色に違和感があったからだ。
「赤い瞳」
珠利が面白そうに舌なめずりして呟いた。
長い髪を後ろで一つに纏めたガタイのいい体からは妙な気のようなものが出ていた。
「できるね。あれ、珠以とどっちが強いかな」
「さあな」
国明と珠利は男の外套の下に隠されている二本の剣の存在を確認すると目で会話をする。
男の後ろから黒い外套の者達がその男と距離を開けて歩いてきたのだ。
赤い瞳の男もそれに気がついているようだった。
人目を避けるためか人気のない路地へと曲がり姿を消した。
「団長。俺、行ってきます」
安緒はいいところを見せようと追おうとしたが、それを国明が掴んだ。
「首を突っ込むな。お前まで巻き込まれる」
暫くすると男が姿を見せた。
先ほどと何一つ変わったところはなかった。
表は、
国明たちの隣を通るとき、国明と男の目が合った。
「何だ?」
尋ねたのは赤い瞳の男だった。国明は肩をすくめると男に言葉を返した。
「靴、血ついてるぞ。」
新入団員二人が驚いて視線を落とすと靴にほんの少量の血がついていた。
「鼠でも踏んだか?」
男はそんな僅かな変化を瞬時で見抜いた国明を只者ではないと認識したのか殺気をぶつけようとした。
けれど国明は柳のように涼しそうな顔をして相手を見ていた。
「少し聞きたいことがある」
国明の軽い言葉にけれど男は背をむけて歩き出していた。
「お前達、赤い瞳の奴らは誰かに狙われてるのか?」
男は足を止め国明に振り返った。
その瞳は未だ殺意を帯びていた。新人二人は団長とその男との会話に耳を傾けた。
「先日王都でも赤い瞳をした奴が襲われて俺の大切な人が巻き込まれた。知ってることがあるなら教えて欲しいのだが」
「王都で? それはいつの話だ!」
男は途端に顔色を変え、国明に詰め寄った。
「四日前になる。その後無事は確認されたが、また襲撃されて行方が分らなくなった」
「赤い瞳は一人だったか! 二人だったか! それとも集団か!」
「一人だ」
その言葉を聞いて男は力が抜けたようだった。固く瞳を閉じ何かを考えているようだった。
一方、国明はその男の様子を探っていた。靴底の消耗具合からして少し前にこの国に入ったのかもしれない。
国明は悪意なく問いかけた。
「俺はその赤い瞳と一緒にいた人を探してる。何かを知っているのなら教えてもらえないだろうか。探しに行くところなんだが。」
「何もない。むしろ教えて欲しいぐらいだ。どこに行けばいい」
「東だ」
また男はしばらく無言になった。そして黒目が始終動き、最後に息を吐いて目を閉じた。
「ともに連れて行ってはもらえぬだろうか。恥を忍んでお願いする。ことは一刻を争う」
男の言葉をきいて新人二人と珠利は国明の様子を伺った。
そして珠利は答えを聞く前から馬をもう一頭用意しに行った。
「構わない。」
「感謝する。」
赤い瞳の男は頭を下げると息を吐いた。
「探している赤い瞳は一人か?」
すると男は暫く黙っていたが、連れて行ってもらうには情報を流す必要があると感じたのだろう。
「探しているのは三人だ。男二人に女一人。我々の考えでは男女一組と、男一人に分かれている。その一人のほうに君の大切な人が?」
「ああ、話を集めるとそうなった」
「そうか。あの馬鹿ボン、人を巻き込んだか。全く、今回こそはとっちめてやらないとな」
国明はまるで自分と同じことを言う男に少し好感を持ったが、その馬鹿ボンという男が美珠を巻き込んだと思うと無性に腹だたしかった。
「ほら、行こう!」
珠利がもう一頭馬を連れて現れると、安緒と国友は机の上に残されていた食べ物を急いで詰め込み、慌てて二人同時に胸を叩いた。
「ってかさあ、ふたりって本当は息が合うんじゃないの?」
珠利の言葉に二人は一緒に顔をゆがめるとそっぽを向いた。