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紅の章 第五十二話 お分かりになりました

 森の中では祥伽が蕗伎のつった魚を火で焼いていた。

 そして二つの足音に気がつき、振り返って顔をしかめた。もう一人女が居たからだ。

「何だ、そいつは」

「そいつとは何ですか」

 女は祥伽を見下ろすと赤い瞳をしげしげと見つめ頷いた。

「成る程」

(何を理解したのでしょう?)

 美珠が二人の様子をただ傍観していると木の上から蕗伎が飛び降りてきた。

「何、何?」

 蕗伎は木から山盛りのもぎ取った果物を地面に下ろすと面白そうに女を見た。

「ああ、実は、そこで知り合って」

「項慶と申します」

 眼鏡の女は名を名乗るとまるで官吏のように恭しく三人に頭を下げた。

 蕗伎はそんな項慶に笑みを向けた。

「で、項慶さんは何?旅の人?」

「いいえ、違います。散歩をしているだけです」

「散歩?こんな森を?」

「ええ」

(この人本当に意味がわかりません)

 美珠が眉間に皺を寄せていると項慶はくわっと振り返り、美珠を睨んだ。

「散歩の途中で盗みをしようとしている若い女を見つけたのでそれを阻止して、金を貸しました。どこの誰かも分りませんから、身元が分るまでついていこうと」

「あの、私、今、川を流されて、いろんなことがあってどんどん家から離れているんです。なので、お金を返すの暫く先になりますから。でも絶対お金は必ず返します!」

「信用できません。それに……」

項慶は祥伽を見下ろした。

「そこの男は見慣れぬ瞳の色をしていますし」

 祥伽は無視を決め込んでいたが美珠はそんな二人の間に割り込んだ。

「違うんです。この人、愛想は悪いんですけど、きっといい人なんです。だって、この人は婚約者を」

「おい美珠!」

 祥伽に怒鳴られ美珠は黙った。

「婚約者を?何ですか?」

 項慶はズイッと美珠により威圧するように見下ろした。後ろから祥伽の黙ってろというような痛いほどの視線を感じつつ、前からくる項慶の女と思えぬほどの重い威圧感に美珠は板ばさみになった。

(こ、この空間嫌です)

「祥伽は婚約者を探してるんだって。だから害はないよ」

 美珠を救ったのは蕗伎の声だった。

「婚約者?」

 項慶は眼鏡を上げると蕗伎にさらに説明を求めた。すると蕗伎は悪びれる必要もなく、全てをサラリと話し終えた。

「……成る程。このところ秦奈国からの流入が多いと聞いては居ますが、それと貴方は関係ないのですか?その襲ってきたものたちに本当に心あたりはないのですか?」

 項慶は祥伽をまた見下ろしていた。祥伽は無視を決め込んでいるようだった。

「貴方の国はもしかしたらこの国と戦争をと考えているのではありませんか?」

「さあな、俺が居た頃はそんな国ではなかったが。お前も兵士の恋人がいるのか?良く知ってるな」

「恋人など要りません。仕事の邪魔になります。しかし気になりますね。秦奈国は今、王が亡くなり国の内政も乱れているのでしょうか」

「でも、あの国には国王の妹が嫁いでいるんだろ?息子もいるんだったら」

 蕗伎は祥伽に尋ねた。

「女など所詮政治の道具に使われるもの」

そう吐き捨てたのは項慶だった。美珠はその言葉には納得できなかった。

「待って、この国にはすばらしい女性がたくさんいるわ。教皇様だって女性ですし」

すると項慶は鼻で笑った。

「跡継ぎがいなかったからでしょう?今の姫も同じです。跡継ぎが一人しか居なかったから。もし、男の兄弟がいれば姫が跡継ぎに選ばれることなどなかったはず」

 美珠は否定できず黙り込んだ。

 前までの上塗りされた自分だってそう思っていた。

 どうしてこんな何もできない自分が後を継がなければいけないのか。

 そしていつか優秀な夫と結婚して、それなりに国を治めればよいと。

 でも今は違った。

「そんな姫でも今は支えてくれる人がいます。あの戦いで姫には騎士との信頼できているのですから」

 言葉にすると自分を支えてくれる六騎士団長や相馬の顔が浮かんでくる。

 けれど項慶は首を振った。

「確かに騎士は象徴、ですが、それだけでは国は成り立ちません。見たでしょう、この広大な農地を、人民を。彼らが認めなければ心が離れてゆきます」

「教皇様は立派に民の心をお救いです」

「ええ、教皇様はすばらしい方です。でもその娘はどうでしょう。今まで姿を見せなかった。本当はいないのではないかという噂が流れていたくらいです。そんな姫が民を導けるとお思いですか?」

「やるしかありませんよ!」

 

 蕗伎は祥伽の隣に座り込み、白熱する女二人を眺めて祥伽に声をかけた。

「絶対美珠って、血の気おおいよね。おとなしそうな顔してさ。」

「だな。」


 項慶は美珠が気色ばむにも関わらず平静な顔をして美珠を見下ろしていた。

「だったら官吏の世界に女性はいますか?」

「王宮で働く女性はいます!」

「侍女でしょう。でも官吏は?多くの女性はどれだけ勉強しても官吏にはなれない。夢をかなえることができない。かなえる方法がないの」

(叶える方法がない。)

 それは美珠にとって残酷な言葉に聞こえた。

 初音ちゃんだって、学校には入れなかったといっていた。それでも頑張るとボロボロの手をして笑っていた。

「そんな」

 そして今になって思った。  

 そうだ慶伯の役所で感じた違和感は官吏に女性がいたからだ。

 侍女ではない実務をする女性を見るのが初めてだったから気になったんだ。

 美珠ははじめて知った現実に打ちひしがれた。

「知らないじゃ、許されないことですよね」

「ええ、そうです。国自体がまだ女性を認めてないのですよ。騎士団長にだって今まで女性はいない。力の差はあるかもしれません。ですが、心はどうでしょう。立派な志を持った女性がいなかったと本当にお思いですか?ここまで言えばわかるでしょう?」

(はい。おわかりになりました)

 美珠は心の中で返すと無知な自分が恥ずかしくて逃げるように走り出した。


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