紅の章 第五十話 国王騎士団 副団長
「あれ、副団長」
天幕の中へ入ろうとしていた杜国は国廣の姿を見つけると軽く頭を下げた。
「中堅の君を使って申し訳ないが、今すぐ年長の騎士を集めてくれるかな。会議を開きたいんだ」
「会議?一体何の?」
「騎士団長をもしかしたら更迭させるかもしれない会議だ」
「え?あの、それは」
「なんてね、嘘だ」
「分りました」
副団長の言葉に一瞬面食らった杜国は頭を下げて天幕を回り始めた。
一方、国廣は数馬の天幕へと入っていった。
次の日、空が開ける頃、国王騎士たちは国を守るための守備行動を始めていた。国明も深い碧の兜をかぶると、天幕から外へと出た。
「おはようございます」
暫くして合流したのは国廣だった。
「ああ。おはよう」
「まだ見習いが戻ってきておりませんので、捜索隊をだそうかと」
「ああ、そうしよう」
二人はそのまま、騎士たちが待つ広場へと向かった。
騎士たちは皆、整列して団長を待っていた。
国明が朝礼をはじめようとしたときに、前に国廣が立ちはだかった。国明は一体何のことか分からず、その行動について問おうとしたが、先に国廣は声を出した。
「皆、聞け、美珠様が秦奈国の者に攫われた。」
どよめく騎士とともに何故、国廣がそんなことを言い出したのか国明は分りかねた。
むしろ止めなければならぬ発言だった。
「姫が?まさか!」
「秦奈国がやはり!」
そんな雑音を国廣が手を挙げて静止する。
「皆も知っているだろう?我が団長と美珠様の信頼関係を!」
すると騎士たちは一斉に国明に目を向けた。けれど国明は国廣の真意を分りかねていた。
「団長は悩んでおられる。自分が姫を救いに行くと騎士の士気が落ちるのではないかと。」
「副団長、何を。」
問いかける前に国廣が騎士達に問いかけていた。
「我が団の騎士は大切な者を救えない腰抜けか!」
すると騎士は威勢でそんな質問を跳ね除けようと、大声を張り上げた。
「我が騎士団は団長が姫を救いに行かれると士気の落ちる、そんな騎士団ではないだろう!」
するともう一度騎士全体が声を張り上げる。
「我が団長が姫を救い出されるまで、我々は心で団長を支え、体でこの国を守る!異論のあるものはいるか!」
最後の質問に皆剣を抜いて大声で叫んだ。
国廣はそういうと振り向いて驚いた顔をしている国明の背中を押し、小声で呟いた。
「話は昨日数馬将軍からお聞きしました」
「副団長」
「貴方が姫を助けに行くと言った方が、我々の士気は上がります。悶々としている団長ほど、不要なものはありません。いってらっしゃい」
「だが、俺はこの団の団長で」
「団長など代わりは居ます。なんなら、ここで貴方の不信任案出しましょうか?年長者とはもう話が出来上がっていますから、簡単に貴方と私、取って変われますよ」
意地悪く笑う国廣の顔を見た国明は、一度顔を下に向けた。そして一度息を吸い込むと顔を上げた。
騎士それぞれが自分へと意志の強い、輝いた目を向けていた。
年下の者達は憧れを、年上の者は見守るような目を。
国明は一度頷くと剣を抜いて声を張り上げた。
「必ずあの人をこの手に取り戻す!」
すると騎士達は声を上げた。
「姫を取り戻したら、必ずここへ帰ってくる!俺を心で支えてくれるという団員達を俺も救いに!それまでここは任せた!」
国境さえ越えて向こうの国にとどろくであろう騎士の声に国明は笑みを浮かべて壇から降りた。
自分を見送ってくれる騎士の声が力をくれた。
そして急ぎ足で天幕に戻り、甲冑を脱ぐと、剣を携える。
「支度できてるから、いつでも声かけてね」
珠利も平服に剣を一本、携え立っていた。
「待たなくてもいい、行くぞ」
「はいよ」
国明が歩き出すと珠利はその後ろに従った。
「やっぱ、いいね、騎士は」
「なら、次、受けるか?」
「いいよ。私は騎士よりも、ただ美珠様を守りたいだけだから。騎士だったら美珠様の親を守ることが基本になるしね。それに珠以の下なんて嫌。珠以とは同等でいたいんだ」
すると国明は顔を緩め馬に乗った。
「竜じゃなくて?」
「美珠様を救いに行くのは任務じゃない。珠以の願望だからな」
「律儀だね。ま、馬のほうが、替えが効くしね。すっ飛ばすつもりなんだろ?」
「ああ」
珠以は馬に乗ると駆け出し、珠利も負けじと馬を飛ばした。