紅の章 第四十七話 捕まえて欲しい人
「あの、すいません」
朝一番に、役所へ行くと忙しそうに官吏達が走っていた。美珠は手近にいた官吏に声をかけた。
「何?お嬢ちゃん」
「捕まえて欲しい人がいるんです」
「捕まえる?何したの?こんな朝から無銭飲食?」
「違います」
すると後ろから手が伸びてきて口を塞いだ。
「すいません、喧嘩しちゃって、浮気者は捕まえて下半身切ってもらえって」
美珠の耳元に蕗伎の声が聞こえた。
「おい、兄ちゃん、こんな可愛い子が居るのに浮気なんてもったいない」
「すいません。たまにつまみ食いしたくなって。ハハハ。」
「さ、帰った。帰った。」
付き合ってくれていた官吏は忙しそうに奥へと戻っていった。そして奥にいた女に止められ仕事を押し付けられているようだった。
(女の人?)
美珠がその姿に違和感を覚え眺めていると、強制的に体が役所から外へと連れられ、暫くすると祥伽の睨んだ目の前に立たされた。
「で、お前何してる?」
「え?や、だから、保護してもらおうって」
「嘘は良くないよ」
蕗伎は軽く笑って、ゴミ箱に腰掛けた。
「俺を官吏に売りつけるつもりか?」
あえて何も言えなかった。
「悪いことは何もしていないが、捕まって時間をとられるわけには行かないからな」
「でも!」
言い返そうとすると祥伽はもう美珠に背中を向けて歩きだす。祥伽の背中は美珠に別れを告げていた。
(だめだ、このまま見逃したら、結局、珠以の、皆の役に立てない)
祥伽に追いつこうと一歩踏み出すと、嫌な気配を感じた。
顔を上げると屋根の上に黒尽くめの男が見えた。
幸い、腰には剣を帯びている。
美珠は静かに剣に手を伸ばした。
それと同時に上から男が降ってきた。
美珠が受け止めると同時に祥伽が銃を撃つ。二人の攻撃パターンはもう完全に出来上がっていた。
けれど平穏な朝を迎えていた慶伯の街には一瞬にして悲鳴に包まれた。
それでも警戒態勢に入っていたせいか、兵士たちが駆けつけるのも早かった。完全武装の兵士達が自分達を取り囲む。
黒尽くめの男達は今回はそれを見てあっさりと引き下がった。
そしてその代わりに美珠と祥伽の周りには兵士たちが取り囲んでいた。
(よし、これで捕まえてもらえればやっと助かる)
美珠は顔を緩めた瞬間だった。
「二人とも!」
声のほうには蕗伎がいた。どこからか盗んだのであろう馬を伴って。
蕗伎は走ったままの馬の一頭を祥伽にあてがうと祥伽はそれに飛び乗り、蕗伎自身は美珠の手を掴み自分の後ろに引き上げた。
そして兵士たちの制止も振り切り、城門へと走ってゆく。
いくつもの露天の間をうまくすり抜けながら二頭の馬が駆けてゆく。
けれどその先では兵士が警笛をならし、呼応するように重い鉄製の観音開きの城門が閉められようとしていた。
「急ぐよ!」
蕗伎と祥伽は巧みに馬を操ると、その城門が閉じる寸前に逃げ出すことに成功した。
「何?赤い瞳だと!」
慶伯の太守は席から立ち上がり悲鳴を上げた。
「今すぐに中央に報告だ!早く!そしてそいつらを追え!」
太守には赤い瞳の男と、若い娘の捜索が命じられていた。ただその娘が美珠とは伝えられてはいない。
官吏が走ってゆくと入れ替わりに娘が入ってきた。
「お父様、手配書の者達が来たって本当?」
「ああ。やはり川を流されてここにきたか」
女は手配書の女の特徴を確認すると部屋を出て行った。