紅の章 第四十五話 仲良くしてた?
「結婚式当日に連れ去られた婚約者を探してこの国へと入った」
それは思ってもいない言葉だった。
むしろ暗殺者だとか、工作員だと言われたほうが納得ができた。
「だったら、どうして。こんなにたくさんの人が」
「それは知らん。ただ婚約者を追って、誰にも言わずこの国へ入った。俺の実家は名のある貴族だから使用人たちはきっと探して入ってる。あてもなく探す俺をあてもなく探しているんだろう。ただ、その規模も何も分からん」
「そうですか」
美珠は窓を閉めるとそばに座り込んだ。
「婚約者の方が。それは大変でしたね」
「どこへ行ったのかも何も分からない。ただこの国へ入ったそれだけは分かってる」
「でもこの国は広いわ!一人で探すなんて」
「じっとはしていられなかった」
その気持ちが分からなくはなかった。
(きっと私だってそうする。珠以だってそうしてくれる)
そう思うと祥伽がただ性格の悪い男には思えなくなった。
大切な人を守りたいという気持ちは自分も充分持っていて、共感できるものだから。
「そっか、祥伽さんは実はいい奴だったんだ」
「どうした、気持ち悪い」
「やっぱり、ムカつく」
「それはお互い様だ」
(ううう! ムカつく!)
美珠は返された言葉に心の中で返してから、つとめて平静を心がけながらもう一つ質問をぶつけた。
「じゃあ、どうして狙われているの?」
「ああ、何でだろうな。この国に入って暫くしてからだ。狙われるようになったのは。そういえば、お前、さっきこの国へ入ってきた後、北へ向かってるって言ってたな」
「ええ、言いましたよ」
すると祥伽はまた一人で考え始めた。
「それ、纏まったら教えてもらえるんですか?」
「どうせ、お前とはここで別れるんだ。教える必要ないだろ?」
「そういうわけにはいきません。あなた言いましたよね。私の顔を見られてたら狙われるって。自分を狙うかもしれない犯人を知っておいてもいいと思いますけど?」
すると祥伽は顎に手を置いて美珠を一度チラリと見た。そこには真剣なまなざしの美珠がいた。
「……この国の北、北晋国は秦奈国との戦争の材料を探している」
「戦争の材料?じゃあ、貴方を襲っているのは北晋国ってこと?」
「一番の可能性はな。だからうちの使用人は北へ向かった。戦争を起こさせないようにするため。うちの国は武器は満足にあるが、国土は小さい、人も少ない。戦争になれば潰すのはたやすい」
(これで何かわかった気がします。けど、まだ引っかかるんですよね。どうして戦争の火種をこの国で?それなら秦奈国か北晋国で起せばいいのに。それも祥伽を襲って何をしようと)
美珠もその場で難しい顔をして考え込んだ。祥伽もまた難しい顔をしていた。
「ただ今。二人とも麺食べれる?」
蕗伎が器を三つ抱えて戻ってきてそろって、難しい顔をして座る二人に噴出した。
「あれ、仲良くしてた?」
「別に」
祥伽は一つを受け取ると、礼を言うこともなく早速口に入れた。
美珠は逆に受け取ると礼を言って、器を眺めた。トマトとバジルのパスタだった。
温かい食事が心を弾ませた。口に入れると温かさとトマトの酸味が口に広がった。
「おいしい」
「よかった」
蕗伎も椅子に腰掛けて食事を始める。
「さてと、食べたら体でも洗ってこよ。君、一番に入っておいでよ。温まったほうがいいだろ?」
「あ、はい。じゃあ、遠慮なく」
美珠は素直に頷いた。
食後、美珠は熱いお湯を頭から浴びた。
熱いお湯は冷えた体には突き刺すように感じたが、それでも体が温まると心地よく感じた。
何度も石鹸をつけた手で体を撫でる。
(兎に角、祥伽の言ってたことを騎士に伝えないと。でも、祥伽から目を離して殺されたら、戦争が起こるかもかもしれないんでしょう?それも困った問題ですが)
自分がもう一人いたら、一方は知らせにいって、一方は祥伽を監視できたのに。
(でも、兎に角、知らせに行くことにしましょう。私一人より、皆で考えるほうがいい)
美珠はシャワーを止めると布で体を包んだ。
(そうすれば訳が分からなかった皆が動き出せる)
「早く会いたい。珠以」