紅の章 第四十三話 どこへ向く? 方位磁針
「何も身に着けていなかったのか」
「身分の分かるものはこれといってなにも。国籍もなにも」
聖斗の問いかけに答えたのは魔央だった。
「こんなに堂々と」
相馬は悔しそうに頭を掻き毟った。
それをみて光東は声をかけた。ただそれは気休めを言うわけでもなく、かといって連れ出したことを責めるわけでもなかった。
ただ今一番必要なことだった。
「相馬殿、焦ってもしかたありません。とにかく今は総出で探すしかない」
「分かってます。兎に角、この川の流域の地方都市に内密に流す伝達文を俺作ってきますんで、引き続き捜索願います」
「了解した」
光東が部屋から出ようとすると入れ違いに初音が入ってくる。
「お兄様、相馬さん!今、父と話をつけてきて、うちの家にある荷馬車と商船も捜索に加わってくれるそうです。ただ、姫ではなく私の友人と言うことにしておきました」
光東はその言葉に笑みを浮かべ頷いた。
「初音、助かる」
相馬も頭を下げると地方への伝令を飛ばすため駆け出した。
「何だよ。この森深いなあ。磁石もきかないし」
方位磁針はまるでお前磁針が旅人かというほどあてもなく色々な方向を指していた。
蕗伎の後ろ美珠は森に目を遣った。どこまでも同じ景色が続いている。
緑の広葉樹の葉に茶色の幹、地面に落ちた朽ちた枯葉。
けれどその葉の間から時折見える太陽は明らかに時がたつにつれ変化していっている。
そこから考えればかなりの時間歩いていることになる。
「太陽の向きから考えて進んでいるのは西?」
「だね。あの川、東向きだったから西に向かわないと。君、家に帰れないでしょう?」
美珠と蕗伎が相談する隣で祥伽は腕組みしていた。蕗伎が気を遣って声をかけた。
「祥伽はどこ向かうの?」
「西から来た。だからこのまま東へ向かいたい。」
「君と祥伽はどこまでいっても反対かあ」
蕗伎はどこまでいっても意見が合わない二人にほとほと疲れたようだった。
「じゃあ、私も東でいい。お金ないから、どっかの役所にいって、身の処し方を考えます」
(ついでに祥伽を捕まえてやるんだから)
美珠の出した譲歩策に蕗伎も楽しそうに声をあげた。
「そう?俺は旅人だから、まあ、正直どこでもいいんだけどさあ。じゃあ、東にしようか」
「ええ」
三人はそれから暫くただただひたすら歩いた。たまに険しい崖などがあると、蕗伎が手を貸してくれる。美珠が掴むと蕗伎は難なく引き上げてくれた。
「優しいね。蕗伎さん」
「男なら当たり前だろう?」
と聞こえよがしに先を歩く祥伽を眺める。
その瞳には非難の色が出ていた。
「だいたい険しい道選びすぎ。女の子いるんだしさ」
「なら、一緒に来るな。楽な道を行け。誰が俺の後について来いって言った?」
(何ですか?この人のこの性格!)
美珠が顔をしかめると困ったような蕗伎と目が会った。
「頑張れる?」
「うん」
「よし!行こう」
そしてそれから数時間後、そんな三人の前に道が開けた。
「おお!やっと、道!」
けれど右を見ても左を見ても誰が通る気配もない。
それは広大な畑と森とを分けた道だった。森を抜けた三人の瞳には今度は何処まで続くか分からない畑が広がっていた。
「今度は畑ですか」
「どっちの方が街に近いかな?」
蕗伎が磁石を出そうと荷物をあさっていると祥伽は歩き出していた。
(この人を逃がすわけには行かない)
美珠は王都と方向が違うと分かりながらも、ついてゆくことにした。
どこかで騎士か兵か役人に出会えることを祈りながら。