紅の章 第三十九話 行方不明
「相馬君!相馬君!」
相馬は体をゆすられて目を覚ました。
そこにいたのは初音だった。
美珠に飛ばされ物置小屋の中で頭を打って気を失っていたようだった。
「ん…イテテ。あれ?」
「相馬君!これは何事ですか!」
「え?」
目の前には何人もの黒尽くめが倒れていた。血を流し、誰一人ピクリとも動いてはいなかった。
そしてすぐに思い出した。
「美珠様は!」
小屋から這い出て、あたりを見回しても目当ての人はいなかった。
「嘘だ!」
起き上がろうとすると体が痛んだ。けれどそんなことを気にしている場合ではない。自分の主の姿が無いのだから。
「何処行ったのさ!初音!騎士を!騎士を呼んできて!美珠様が!」
「え?」
「美珠様がいない!」
相馬は這いながら必死に目で探した。
一方、初音はすぐに駆け出していた。
騒ぎを聞きつけた騎士が竜にのって数人現れると初音は自分の身を顧みることなく前に飛び出た。
「危ないぞ!おい!」
「今の騒ぎに美珠様が巻き込まれたようなのです!早く兄に!団長に知らせてください!早く!」
「何だと?」
「王城へ!」
初音の言葉に騎士が二人城に向かい、一人の騎士が笛を吹いた。
高い笛の音はすぐに城にも伝わった。
「非常事態か!」
一番城門の近くにいたのは魔央だった。
「魔央、何事かな。」
その隣で新人をしごいていた魔希も音に気がつきよってきた。まわりでも騎士達が笛の音に気がつき、戦闘態勢に移行しつつある。
「すぐに出れるように支度をしろ!指示があるまで待機!指示が出たらすぐに出られるように!」
「はい!新人共、さっさと起きろ!」
魔央は魔希をその場に残しすぐに笛の聞こえた場所へと走り出した。
教皇のお茶を入れていた聖斗の耳にもその音が聞こえた。
「どうかしましたか?聖斗。」
「何かあったようですね。」
聖斗は教皇の身辺に気を配りつつ人を呼ぶ。
「何があったのでしょう?」
「俺は貴方の盾です。ご心配なさいますな。」
「分かっているわ。ありがとう。」
「いえ。大事なければよいのですが。」
けれど事態は最悪へと向かっていた。
「相馬殿!どうなさった!」
相馬は初音に支えられながら城へと入ると走り寄った魔央の袖を掴んだ。
「美珠様が!美珠様がいない!」
「何と!」
すぐに目撃者何人かも騎士に連れられた。
「よく分かりませんが、黒い服を着た男たちがいきなり喧嘩はじめて。」
「いや、中に女の子がいた。」
「ああ、いたいた。」
「それで!その方は!」
魔央が問い詰めると全員の答えは同じだった。
「黒服に川の中に引きずり込まれた。」
魔央は舌打ちすると魔法騎士数人を美珠が落ちた川へとすぐに送った。
一方、相馬は広間に駆け込むと地図を剥ぎ取った。川を指で探り流れを予測する。そしてそれを抱えたまま国王の下へと走った。
国王の部屋では光東が警戒に当たっていた。
すぐに聖斗とともに教皇もかけつけた。
「どういうことですか!」
一足早く部屋に着いた相馬が机の上に地図を広げ手早く印をつけていた。
「謝るのはあとにします!秦奈国の奴らです!あいつらここにまで入ってるんです!俺、見ました、黒服から見えていた赤い目!」
「ですが、見つかった死体は全て黒い瞳でした。」
後から入ってきたのは引き上げられた死体を検分した魔央だった。そしてみなの期待に満ちたまなざしに首を振った。
「とにかく川を流れたのなら川に早く捜索を!美珠様泳いだことないでしょ?」
すると集まってきていた各方面の事務官たちが慌てて動き出す。
騎士団長たちも王城の警戒を強くするように指示をだした。
国王は急いで何かを書くと光東に渡した。
それは西と北へと移動する軍の司令官に送る書簡だった。書簡にはただ一行『何が起こってもお前たちはお前たちの任務を遂行しろ。』とだけ書かれていた。
「国明に伝えないのですか?」
光東が確認すると王は一度深く頷いた。
教皇は今にも泣き出しそうな顔を手で覆い悲痛な声を出した。
「相手は美珠だと知ってこんなことを?」
そんな教皇を国王は抱きしめると自分の顔を相手の首筋に沿わせた。すると教皇の祈りにも似た言葉が響いてきた。
けれどそれは母親の祈りだった。
「美珠お願い無事でいて。」