紅の章 第二十二話 いたぶられる騎士団長
国明は中堅団員の顔をして、広間にいた。
『新人を酔いつぶれるまで飲ませる。』
この荒々しい歓迎はこの騎士団の数十年続く伝統だった。
「やっぱ、はええなあ。皆。」
無礼講という名の下、団長にタメ口を聞いたのは同期入団の騎士だった。容姿端麗というわけではないが、何処となくすっきりした身のこなしと、優しそうに少し垂れた大きな瞳が印象的な男だった。
「杜国。」
「お前だって、俺だって七年前はあんなふうになって潰れちまったからな。」
穏やかな顔をした同期は笑みを浮かべて国明に酒を渡した。
二人の目の前でまた新人が座り込んだ。
「まあ、飲めよ。」
「ああ。」
国明が注がれた酒を飲み干すと、新人を潰し終えた二、三年目の騎士たちが寄ってきて、我先にと国明に注いだ。
数杯飲んで国明は止めるようにやわらかく諭した。
「お前ら、俺潰しても意味ないだろう。」
「何おっしゃってるんですか!団長ともあろう方が、これぐらい飲めずにどうするんです。」
若手騎士が団長に強要するのを見て、ニヤつきながら出てきたのは国明よりも数年年上の騎士二人だった。
「よう、国明!今日は無礼講だろ?」
「嫌な予感がする。」
逃げようとした国明の襟を二人は掴むと、酒の入っていたビンを渡して微笑みかけた。
「先輩の酒が飲めねえってのか?新人でも頑張ってんのに。おい、杜国、お前も同期だろ?なら一蓮托生だ。」
「ええ?俺もっすか?」
あまり嫌といえない体質の杜国がおっとりと、そしてあっさりビンを受け取ったために国明も断ることが出来ず、渋々ビンを受け取りそれに口をつけた。
「残ってんの、新人一人と、国明だぜ。」
暫く後、騎士達の歓声が響く。
担ぎあげられるように二人は前に引き出され、二人の周りには人が集まっていた。
「おい!国明、先輩団員の意地見せろ!」
「負けんな新人、そいつ負かしちまえ!」
無責任な怒号の中、二人は酒瓶を飲み干し続けていた。
さほど顔には出さない国明が赤らんだ顔をしているのに、相手の新人は顔色一つ変わってはいない。
静かにただ酒を減らしていっていた。
「おい!お前、やめたらいいんだぞ!誰も怒らないから!」
国明は苦し紛れにそう言っても、相手は無心だった。
国明にも団長としての意地がある。
新人に負けるわけにはいかなかった。
「おい!国明!飲めよ。それとも降参か?」
笑い声がとんだ。
国明はこれ以上、相手に飲ませるのも自分に飲ませるのも限界だと感じていた。
相手がどれだけのんべえであっても、転がっている瓶はゆうに十本を越える。
国明は勝負を切り上げるために降参しようと酒瓶を下ろそうとした。
割り込んだのは副団長だった。
酒宴の席だというのにいつものように静かな顔で、新人の前で手を振った。
けれど新人には何の変化もない。
国廣はビンを取り上げてから、その新人の額を指で突いてみた。
するとグラリと大きく体が傾いた。
直立のまま相手は後ろに倒れた。
「気絶・・・してるのか?」
「おい!やべえぞ!」
団員たちは慌てて介抱始める。
国明もビンを置いてその場に座り込んだ。
もう、世界の形が分からぬほど酒が回っていた。
「団長!」
若い騎士たちが心配そうに水を持って現れた。
国明はその水を三杯立て続けに飲み干すとその場に転がった。
周りにはそんな新人騎士達が山ほどいた。
「もう、無理!寝る!」
「団長!」