紅の章 第二十話 笑う
「どうした国明。何かあったのか?」
光東は俯いている国明に声をかけた。
先ほどから手が全く動いてはいなかった。
その声に隣に座っていた美珠も顔を向ける。
「大丈夫、美珠様と遊びつかれて魂抜けてるだけだから。」
相馬が言うと、美珠申し訳なさそうな顔を向けた。
「そんな!私のせいで!やっぱりお疲れだったのかしら。ごめんなさい、連れまわして!」
「きっと、そうではないのですよ。おそらく私が、不要な言葉を言ってしまったもので。」
聖斗は正直にそう言って、チラリと国明を見た。国明は目が合うとさらに深いため息をついた。
「何があった、聖斗?お前たちもめたのか?」
年長の魔央が二人の表情を窺いながら問いかけた言葉に聖斗はただ黙り込むことを決めたようだった。
それがこれ以上、この場の空気を潰さない方法だと選択したのだ。
「あのウザ親父が・・・。」
ポツリと国明が言った言葉を珠利は聞き逃さなかった。
分かったように口の端を持ち上げ幼馴染をおちょくり始める。
「何?麓珠様関係?なら美珠様気にすること無いよ。ここの親子の愛情表現の一つだから。きっと、いつもみたいに、珠以と頬擦りしたいって言うのをきいて、珠以もしたくてたまんないんだよ。」
「珠利!俺はしたくない!」
国明はまるで許せない言葉を聞いたかのように怒り立ち上がった。
するとぽかんと見ている騎士団長たちに気がついて顔を赤らめ、静かに座った。
「頬擦り・・・ですか。」
美珠は赤らんだ国明の顔を見ると、笑みを浮かべた。
「あれはお髭のある人とすると痛いんですよね?国明さんのお父様はちゃんと髭をおそりになっているから、よろしいじゃありませんか?ね、お父様。」
父はその娘の言葉に悲し気に自分の髭に触れ、その意図が分かった教皇は先に釘を押した。
「髭を剃ったところで、もう美珠は頬擦りなんてしてくれませんよ。」
「そうそう、この年になって頬擦りするなんて、この親子ぐらいだよ。」
「してない!いい加減にしろ珠利!」
楽しそうに声を上げて笑う珠利につられて暗守は小さくふっと笑って、慌てて咳きでごまかした。
「いいじゃ、ありませんか。照れないで国明さん。」
「照れてません!このままじゃ、俺の人格が!くっそ、あのウザ親父!」
美珠は久しぶりに皆の下で声を上げて笑い続けた。