表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/171

紅の章 第十九話 聖斗に見られた国明の弱み

 扉が閉まると、突然、聖斗は国明の肩を叩いた。

「何だ?」

 国明が見たのは心からの同情を見せる仲間の瞳だった。

「私にはもう両親がいないから、あまり分からないが、お前の父親、なんというか、その…すごいな。」

 瞳以外の聖斗の表情は変わらない。

 けれど国明はあからさまに取り乱しあたりを見回した。

「まさか!あのウザイ親父が来てたのか!」

 昔から、父親は恥ずかしい内容の言葉をあたり構わず吹聴してゆく。

 それは国明にとって騎士には、いや誰にも聞かれたくない内容だった。

 けれどよりにもよって団長の前でペラペラと話したというのか。

「ああ、暫くここでお話されていたが。なんというか…その『すごいな』。」

「何言ったんだよ?あの親父!」

「私の口から…言うのか?お前に。」

 聖斗はそう言って、暫く考えていたが一言出そうとして、そのまま自分の口を右手で押さえた。

「な、何だ!言ってくれ。止められたほうが気になるだろう!」

「すまない国明。無理だ。俺には…言えない。」

 それだけ言うとスタスタと歩いていってしまった。

「な、何言ったんだよ。あの親父は!」

「あ、帰ってきたんだ。お帰り。何々?何か悪いことあった?」

 その声の主が分かると国明は顔をあげて肩を掴んだ。相馬はキョトンとした顔で国明を見ていた。

「何かあったの?美珠様、逃げ出したの?」

「お前、知らないか!俺のウザ親父が何を吹聴していたか?」

「え?なに、そんなこと?驚かさないでよ。知らない。」

「何かまたろくでもないことだ…。聖斗のあの顔を見たらそれは分かるが。」

 相馬は肩を掴む力から逃れ様としたが、目の前の遊び人の風体の男はそれを容易にさせてはくれなかった。

そしてブツブツ何かを呟き始める。

「お〜い。国明さん大丈夫ですか?黒い国明さんだよ、知らない人が見たらおかしいと思われるよ。」

「大丈夫なわけあるか…。」

「うわ、黒。ね、夕食食べた?折角だからあのガサツ女と一緒に。」

 その言葉に本来の目的を思い出した国明は何とか平静な自分を取り戻そうと努力した。

 何よりも大切な人が扉のむこうで楽しみに待ってる。

「ああ、そうだ、美珠様が、皆で夕食と・・・。珠利を誘わないと。」

「なら、俺行って来るから、その黒い顔しまってよ。何か呪われそうだよ。絶対夢に出てくるって、それ。」

 相馬は国明の肩を叩いて、兵舎へと向かった。


 まだ夕食には時間があるためか、ある兵たちは訓練をし、ある兵士達は雑談をしていた。

 皆、屈強な体をしていた。

 そんな場所を場違いとも言うべき細い相馬が通ると兵士たちは目を向ける。いずれ父の跡を継ぐであろう、まだ十六歳の少年は皇太子美珠の従者として今や国の中枢いようとしているのだから嫌でも人の関心を引いた。

「見すぎ、見すぎ、普通遠慮ってするでしょう?」

 相馬は感情の起伏が激しいほうだが物怖じだけはしない。

 怖いと思えば守るものだって守れなくなると思っている。

 けれど鈍感にはなりたくなかった。

 全ての感覚が鈍ると外交も内政も、主の心だって何一つ分からなくなる。

 そうなれば、自分には意味がない。

 相馬の夢はこの国を、美珠がいずれ治める国を補佐することだった。


 足を止めた。

 暗い中で黙々と剣を振っている女がいた。

 主、美珠とはまた違う魅力を持った幼馴染。

 いつか全て追い抜かして、自分をいい男だと思わせたい相手。そしていつか自分が妻に娶ろうと思っている相手だった。

 汗が剣を振るたびに散り、全身の筋肉がしなやかに伸びてゆく。

 それは男の体のような盛り上がった筋肉ではなくしなやかな筋肉だった。一連の動作が終わると、珠利は汗を甲でぬぐって顔を向けた。

「何?ヒヨコ、珍しい。」

「美珠様がご飯一緒に食べようって。」

 珠利は美珠という名を聞いてすぐに今までまとっていた武人独特の張った空気を解いた。

「ん、じゃあ、すぐ汗流して行くから。夕飯、おいしいのがいいな。」

「待ってようか?」

「はあ?何で?先に帰れ!ヒヨコ!」

 珠利は天敵にそう吐き捨てると汗を流すためか、走って部屋へと戻っていった。

 一方、相馬はそんな自分たちを見ている視線にまた引き戻された。

 それはいい視線ではない。

 兵士たちは好奇の目で自分と珠利を見ているのだ。

 それは女兵士一人相手に出来ない将来の将軍気取りの若者を冷やかす視線か、女を見せない珠利という兵士がこの細い男と恋仲なのかと勘ぐる視線か。

「まあいけどさ。否定はしないよ。」

 相馬は呟くと美珠の下へと向かった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ