紅の章 第十七話 美珠のモチーフ
美珠は病院建設予定地に足を運んでいた。
そこでは責任者と犀競が図面を見て話し合っていた。
「こ!これは!姫様。」
美珠を見つけると取り乱して二人の男が走ってきた。
何故ここに姫が現れたのか皆目検討もつかないような顔をして。
「どうなさいました?」
「・・・昨日、私の元に訪れた理由を知りたくて。」
「あ・・・。」
犀競は困ったように頭を掻いて、工事責任者に目配せをすると美珠を奥へと通した。
そこはこの建築の隅に設けられた指令所のようだった。
設計図やモチーフ、専門的な文房具が雑然と置かれ、犀競が美珠に差し出したものはその中でも一番隅に隠すように置かれていた。
犀競はそれを見せる前に美珠に一度質問をぶつけた。
「美珠様、本当にあのモチーフでよろしいのですか?もしよければ感想をお伺いしたくて。」
「え?」
「こんなものを、考えてみたんです。」
開いた模造紙の中央に美珠が座りその周りを騎士の装束を着た六人、そして民が楽しそうな顔をして話をしていた。
「皆と同じ視線で話をされ、そして皆でこの国を作ってゆく。そんな意味を込めました。父は認めてもくれませんでしたが・・・。」
これ!
これがいい!
と叫びたかった。
それは美珠の気持ちを全て捉えているかのようだった。
自分は神じゃない。
皆と供にいたい。
私は皆に命令するわけじゃない。
話がしたい。
話をして考えてゆきたい。
その絵はまさにそんな美珠の気持ちを表していて嬉しく思えた。
だからこそ、
「・・・言ってもよろしい?」
「ええ。」
犀競は美珠をじっと見詰めた。彼自身こんなこと一笑にふされるとはなから思っていたのかもしれない。
国明も何を言うこともなく美珠の言葉を待っていた。
「私の左にいるのが国王騎士で、右が教皇騎士なのですね?ならば、私の右にいる教会騎士団長はとてもまっすぐな心を持っていて、忠信のある方です。そのお隣の暗黒騎士団長は、見た目こそ、怖いですがとても穏やかで優しい目をして笑ってくださるんです。右端の、魔法騎士団長は冷静な中にも熱いものを持っておられます。そして左端の竜騎士団長はきっと、きっととても元気のある方で、この国の空を、足りなくなったこの国の空を元気にしてくれる方。そのお隣の光騎士団長はとても家族思いで笑われるととても可愛いんです。でも持っておられる芯はとても太い。最後に、私の左にいる国王騎士団長は私に何でもおっしゃってくださいます。私に馬鹿姫という名前までつけて、どんなことからでも私を守ってくれる。そして私を・・・私を愛してくれる人なんです。」
美珠がそういうと男は目を閉じ美珠の言葉を記録するように復唱した。
そして覚えたのか顔を上げて後ろで顔を崩している国明を見ると、全て分かったように頷いた。
美珠はその後、続けた。
「私は神になりたくはありません。後世にも神として残りたくはない。ただ、皆とともにあった一人の人間でありたいんです。」
すると犀競はゆっくりと頭を下げた。
「御意に。」
「あ、あとお願いがあるんです。」
「この民の中に・・・いれて欲しい人がいて。」
「女性の兵士ですがあの男社会の中でとても頑張っていて、すごい広い心を持っていて私のことをすごく思いやってくれる。一人は男の子で、私と同じ年で、とても細いのにこの国のために色々なことを考えてるツンツン頭で。そしてもう一人はこの光騎士の大切な家族の女の子で、絶対諦めない女の子。」
皆を思い出すと心の中が暖かくなっていった。
(私、たくさんの人に支えられてるんです。)
そしてこのモチーフの自分の周りにいる民のようにもっともっと自分の信頼できる人を、自分が信じ信じられる人が欲しかった。
犀競はすぐに紙に美珠の言葉を書きとめ始めた。
「有難うございます。これでぼやけていた部分がはっきりと浮かび上がってくると思います。出来上がれば必ずお見せしに上がります。必ず、父を説き伏せてでも作り上げます。そして納得していただいたその暁には、お願いしたいことがあるのです。」
「どういったことでしょう?」
「この作品を考えたもう一人にもお声掛けをお願いしたいのです。」
「もう一人?」
「一言でもいいのです。父の弟子の一人なのですが。」
「分かりました。納得できた暁には。」
美珠は振り返り、笑みを浮かべていた珠以に頷いた。