黒の章 第三十話 脅しじゃない暗殺
たどりついた暗守と魔希の瞳に黒服の男達が見えた。
そしてその向こうに、剣を抜いた珠利と美珠。
その足元には何人かの黒服がもう倒れていた。
「いいところに来たよ! 兎に角倒しちゃおう!」
援軍に気がついた珠利の嬉しそうな声が響く。
暗守は斧を握ると一気に数人をなぎ払った。
そして魔希が姫を救おうと結界を張ろうと手に印を作った。
すぐに耳鳴りとともに、光があたりを包む。
けれど部屋の中が一瞬強烈に光ったかと思うとガラスが割れるような破壊音とともに先ほどと同じ空間が広がっていた。
誰かに結界を封じられたのだ。
「馬鹿な!」
信じられず目を見開くその前に黒服。
振り上げられた剣を避け、相手の手首を掴む。
けれど相手も騎士に負けない力の持ち主だった。
まだ少年である魔希は力負けし、壁に激突すると、目の前にまで刃が迫っていた。
「なめてんじゃねえぞ!」
そんな相手を蹴り上げ、魔法で掌に剣を作り上げ切り捨てる。
その向こうでは暗守が美珠のもとへ行こうと黒服を薙ぎ払っていた。
珠利もまた早い剣技で黒服の山を築いてゆく。
「一体、何?」
珠利の隣で迫り来る敵の相手をしていた美珠は声を上げた。
静養にきたはずなのに、今自分の置かれている状況は限りなく絶望に近い状況。
それでも、隣には珠利がいて、暗守がいて、魔希がいる。
皆死に物狂いで戦ってる。
自分だって必死だった。
けれどこの血に溢れた部屋を見ていると封じ込めたはずのあの気持ちの悪い老婆が頭のなかで振り子のように現われては消えた。
『死相がでてる』
(死ぬということ? 私がここで死ぬの? 珠以! 嫌だ! そんなの助けて! 死にたくない!)
美珠は死という考えを振りほどくために必死に首を振り、剣をもう一度握り締める。
掌には尋常ではない汗をかいていた。
「これは一体、誰の命令なの? どうして、こんなことに」
「ん~。だって、ここに姫がいるなんてすごく好都合じゃない。王都みたいに沸いて出るほど騎士がいるわけでもないし」
聞き覚えのある声が真後ろからした。
敵などいないはずの後ろから。
そしてその声の主を美珠は知っている。
振り返ると、すぐ近くに見知った顔があった。
気持ち悪く笑った顔。
まるで面のように生気の感じられない笑顔。
「蕗伎!」
そして蕗伎の剣はもう美珠の胸の前にあった。
珠利は後ろの存在にここにきてやっと気がついたが、目の前の黒服五人を放り出しても同じ結末を迎えてしまうことから、どうするわけもいかず、苛ついたように蕗伎と目の前の敵とを見比べていた。
「さっきのさすがに感動したよ。すごいね、魔法騎士は万能だ」
「ええ、そうよ。私、はやく皆を褒めたいの。蕗伎も仲間に入りたいんだったら、この人たちどうにかしてくれる?」
すると蕗伎は軽く笑った。
「う~ん。こいつら、俺の指令系統とは別なんだよね。ちょっと無理かも。それよりさ、俺が連れて行ってあげるよ」
「私はまだこの国でしなくちゃならないことがあるの。そりゃあ、好きな人はいなくなっちゃったけど、まだ私は国を治めるっていう夢が残ってる! 仲間がいてくれるから私は夢をかなえられるの」
美珠はただまくし立てた
いくら友といえども心臓の前に剣があることなど、不安で仕方なかった。
強がってみても、のどが渇き嫌な汗が全身から噴出す。
「やっと、私は自分のやるべきことが見えてきた。これから国を作っていくのよ。それにはきっと色んなつらいことがあるだろうけど、だからって、こんなところで脅されるわけにはいかないの」
「違うよ。脅しじゃない。これは、暗殺だ」
「え……?」
美珠にはその言葉を理解して、充分な恐怖を感じるほどの時間は与えられなかった。
「連れて行ってあげる。新しい世界に」
その言葉と共に伸びてきた剣先が美珠の胸に剣が埋まった。
珠利と暗守にもその信じがたい光景ははっきり見えた。
大切な姫が胸を貫かれ、のけぞり、そしてそのまま崩れ落ちるのが。
「うそよ……珠以」
美珠は最後に名前を呼んで血を吐いた。
むしろこみ上げてきた血に、その言葉が押し出されたといったほうが正しいのかもしれない。
けれど誰も寄ることはできなかった。
嘆くことも今はできなかった。
そんな余裕は誰にも与えられていなかったのだ。
美珠を守った人間にも、襲った人間にも。
突然、部屋自体が白く発光した。
と同時に、暗守の兜がとてつもない風に吹き飛び、体のどこかから血が飛んだ。
珠利の細い体が風と猛火に巻き込まれる。
そして、美珠の部屋が爆発すると同じ頃、建物を破壊する最後の爆発がいたるところで起こった。
*
礫の下で目を開けた魔希は何とか隙間をみつけ這い出し、辺りを見回した。
外は灰色だった。
白い雪の上には灰が積もり、黒よりも白へと変わりつつある煙が焦げ臭い匂いをあたりに蔓延させていた。
魔希は見えた信じがたい光景に首を振った。
信じるわけには行かなかった。
そこではすでに、数人生き残った騎士が瓦礫をのけていた。
けれど建物はもうない。
基礎が少し残るだけで、建物として存在したものは全て崩れ落ちていた。
「嘘だ」
埃で目と喉が痛む。
それでも、言葉に出して否定するしか方法はなかった。
「嘘だ! 嘘だ! 嘘だ!」
叫んですぐに瓦礫を魔法で持ち上げる。
何度も何度もそれを繰り返した。
本能だった。
瓦礫の下に美珠がいるような気がして。
瓦礫を持ち上げては、土の上へと放り投げる。
それを数十回、数時間繰り返した時、
目の前に女性の腕が現われた。
細い白い腕。
若い女性の手だった。
「うわあああああああ!」
ただ魔希の悲鳴がその場に響き渡った。