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黒の章 第二十八話 みんなの気持ち

 入浴後、美珠は一人机の前に座って考えていた。

 机の上には白い紙が一枚と、インクとペン。


 けれどその手紙のはじまりは全く出てこなかった。

 書きたいことは沢山ある。

 伝えたいことも沢山ある。

 でも、どう書いていいのか分らなかった。


 気持ち悪いこと言われたからというだけで助けを求めるわけにも、頼るわけにもいかない。

 もう、自分と彼はまったくの他人なのだから。

 美珠は自分の荷物の入ったトランクのポケットから、本を一冊取り出した。

 珠以と初めて二人で町を歩いたときに買った本。


『初心者ならこれを読め 政治編』


 別にロマンチックなことが書いてあるわけでも、今のこの気持ちをどうにかするためのものでもなかったけれど、これを二人で選んだ日のことを思えば、珠以との温かい思い出がこみ上げてくる。


(あの時は、こんな風に一人になるなんて思いもしなかった。寂しくなるなんて思いもしなかった。こんな嫌な感情をもつなんて考えてもいなかった。ずっと珠以と結婚して国を治めるものだとおもってたんだもの)


 自分の夢の半分はすでに叶わなくなった。

 初恋の相手である珠以と結婚するという夢はもう不可能なのだ。

 けれどそれでも、自分は国を治めなくてはならない。

 また王都に戻れば国明と顔を合わせて、他人行儀な顔をしながら、国を盛りたてるために尽力しなけれなならないのだ。


(いっそ、消えてなくなりたい)


 けれどすぐに美珠は頭を振った。


「弱りすぎ、私。ただ男に振られただけでしょ? 別にまたいい男を見つければいいのよ」


 突然、扉が叩かれて、慌てて涙を拭う。

 暗守だった。

 腕に兜を抱えて水銀の目を細め美珠を見てくれていた。


「雪見でもいたしませんか? この館の庭なのですが、池がありなかなか美しいものでした」


「あ、ええ」


 涙を拭う美珠を暗守は見ないふりをして扉を開けて美珠を外へと連れ出した。

 冷たい空気が体を襲い、冬独特の香りが鼻孔をかすめる。


「寒いですね、やっぱり北なんですよね」


「どなたかにお手紙をかかれている途中でしたか?」


「え? ああ、いいんです。別に書くこともないし……」

 

 美珠は庭へ降り立つと雪に覆われた小道を歩いた。

 サクサクと気味の良い音が耳に届く。

 けれど心は軽くならなかった。

 どうしてか誰かに聞いて欲しくなった。


「本当は、国明さんにお手紙を書こうとしたんです。女々しいですよね」


「さっきの老婆のことですか?」


「ええ、ちょっと気味悪くて。でも、そんなこと国明さんに言ったてどうにもならないのにね。そんな手紙書くくらいなら、お父様やお母様にここで楽しんでるってお手紙を書かなきゃいけないのに」


 美珠が軽く笑って見せると、水銀色の髪をした男は月の光を穏やかに浴びながら、真剣な顔で美珠の目を見ていた。


「無理しなくていいんです。もう貴方の無理に笑う顔は見たくはないから」


 美珠はそんなことはないと言いたかったけれど、結局その場で目をこすった。

 こすればこするほど、涙がこみ上げてくる。


「ごめんなさい。私、最近、泣きすぎですよね。国を治める人間がこんなんじゃダメなのに」


 すると暗守の大きな手が美珠の震える肩を撫でた。


「貴方はまだ十六歳、でも背負うものが多すぎる。でも大丈夫、我々が必ず貴方を救います。貴方が困難にぶつかった時、振り返ってくだされば、我々がいます。だから、いつでも、振り返ってください」


「ありがとう、暗守さん」


「それが総意です。さあ、受け取って下さい。皆の気持ちを」


「え?」


 暗守が空を見上げ、美珠もつられて顔を上へと持ち上げた。

 澄んだ星空を這うように動く緑の光。

 流れ星かと美珠は一瞬思った。

 けれどそれにしては動きが緩やかだった。

 星空を自由に動き回る光の線。


「あれは?」


「オーロラというものだそうです」


 緑の揺れる光は、やがて、桃色に変わり、また青へと変わる。


「色が変わってる!」


 そしてその光の線は一本、また一本と増えて、複雑な線を描いてゆく。


 何度も何度も複雑な曲線を描き、やがて形になった。


「これ……まさか」


 空には六騎士、そして相馬や珠利、初音、祥伽に蕗伎。

 美珠の大切な人ばかりだった。


 やがて、真ん中に見覚えのある女性が現われた。

 皆の声に耳をすませる女性の姿。


 美珠は何度も何度も落ちて行く涙を拭って口の端をもちあげた。


「これは犀帽さんたちが書いてくれた、あの絵」


 夜空で、淡い光を放ち輝く美珠の大好きな絵。

 やがて、その光の絵は消えてしまったが、美珠の心には深く残った。


 消えるからこそ残そうとした。


「皆さん、ありがとう」


 このところ泣いてばかりだったが、今日の涙は違った。

 嬉しくて出た涙。


(私一人じゃない)


「ありがとう、本当に。私、頑張ります。国を盛りたてて、紗伊那を大陸で、ううん、この世でもっとも幸せな国にしてみせる」


(男に振られたぐらいで、人生なんて終らせてたまるもんですか! 私、皆を幸せのお手伝いをして、自分だって幸せになってやる!)


 そう強く心に誓う美珠の細く白い手をきつく暗守の手が握った。

 美珠が顔を上げると暗守の水銀の瞳が美珠を捕らえてはなさない。

 吸い込まれそうな強い瞳だった。


「暗守さん?」


「私が貴方を守り続ける。どんなことからも、何からも」


 そして唇が触れた。

 美珠のすこし乾いた唇に暗守の温かい唇。

 触れたのはほんの一瞬だった。

 離れた後、美珠は理解できずただ相手を見ていた。

 相手は恥ずかしいのか、それとも気まずいのか視線を反らす。


「これが私の気持ちです」


(気持ち? 何? どういうこと?)


 意味が分からずただ見返していると、重い音がした。

 

「あ、私部屋に戻ります!」


 美珠は枝から雪が落ちた音を誰かに見られたのだと勘違いして、それ以上何も言わず、暗守の隣を駆け抜けていった。


こんばんは。


とうとう、とうとう、やっちゃいました!

暗守さん、今まで封印していた気持ち全開です。


今後、美珠の恋人は暗守になるのか!?


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