黒の章 二十七話 呪いの老婆
美珠は郷土色豊かな宴席の中央に座っていた。
はじめはこの地方に伝わる祭りとやらを娘達が踊り、その次は長い長い領主の国への貢献話。
(ううう、お腹すいた)
目の前にはすでにさめてしまったスープ。
美珠にそれを食す時間は与えられていなかった。
その上、
(すごい人、どこからこんなに)
宴席に入りきらない人々の視線は滔々と語り続ける領主ではなく、なんだか知らないが国の危機を救った美珠とそんな彼女を守りぬいた騎士団長に注がれていた。
中には美珠を拝む老人までいた。
(あの、私を拝んでも何も出ませんよ~)
それから出し物が全て終了したのか、座が解けてくると美珠の前に杯を掲げてやってきたのは領主だった。
美珠がそれを受け取り口をつけようとすると千佳がやんわりと制した。
「お父様、美珠様、あまり飲まれない方だから」
「まあまあ、今日は特別ですし、どうぞ」
何とか杯を干した美珠に気を良くしたのか、さらに酒の入った瓶を傾ける領主を制したのは暗守だった。
何をいわれたわけでもないが、黒い兜をかぶった得体の知れない騎士に止められ領主は居心地悪そうに一歩下がった。
そしてそんなことにも気付かず、また美珠が杯を干すと、杯の向こうに老人が見えた。
腰が折れ曲がり、白髪を垂らした老女だった。
不気味な老女。
黄色く濁った目が美珠を捕らえていた。
魔央と暗守がその老婆に目を光らせる中、美珠は深く考えずただ老女に微笑んだ。
「どうしました? おばあさん」
すると老人は口元を緩め、黒く汚れた歯を見せてゆっくりと人差し指で美珠を指した。
異様に長く伸びた指だった。
「あんた」
「私?」
「死相がでとる。死ぬよ、あんた。近いうちに」
美珠が度肝を抜かれ、目を見開いて硬直すると、二人の騎士団長はすぐさま立ち上がり老婆を美珠から離す。
そして傍に座っていた千佳の父親も悲鳴を上げながら老女を引きずった。
「なんてことを! 誰だ、こんな奴を入れたのは!」
そんな悲鳴に似た怒鳴り声を聞きつけた警備たちがどやどやとその場に踏み入れ、ひきづられるようにして老婆は部屋から消えた。
「美珠様、大丈夫? なんてこという婆さんだ!」
「人間違いか、ボケてるんだよ」
相馬と珠利がすぐに美珠の気を落ち着けるため言葉をかけた。
けれど美珠はその老婆の目が忘れられなかった。
残酷な目をしているのにずっと笑い続けているのだから。
気持ち悪いという以外、他ない。
すると隣で侍女頭と千佳も美珠の傍に来て声をかけた。
「美珠様、おきになさらず、もしお気持ち悪いようだったら下がりましょうか?」
「あ、いいえ。せっかくのおもてなしなんですから。もう少し」
美珠は笑みだけをうかべ、その領主の面子を守るためにも、ただ座っていた。
*
「はあ、気持ちいい。このおかしな匂いもなれてくると気にならないね、美珠様」
「うん、そうだね」
美珠と珠利は並んで露天風呂に肩まで浸かっていた。
体中を暖めながら、美珠は息を吐く。
そんな美珠の様子に気がついて珠利は泳ぎながら美珠のま傍に顔を持ってきた。
少し励ますための笑みを浮かべながら。
「何? 気にしてるの、さっきのばあさんの言葉」
「ああ、うん。ちょっとだけ。だって気持ち悪くて」
「大丈夫だよ。気にしない、気にしない。それにさ、騎士団長も二人いてくれてる。私だって守る。絶対、大丈夫だから」
美珠は頷いて星を見上げた。
(それでも、珠以の背中がないのは……すごく不安)
「って駄目!」
美珠はぼんやり頭に浮かんだ男を振り払おうと頭を振る。
すると珠利は美珠の頭をいつもより力を込めてグリグリと撫でた。
「大丈夫、あんな馬鹿男いなくても私達がいる。心配しなくていいんだよ」
(珠利にはお見通しなのね)
「ね、珠利は、あの人と少しはお話した?」
その言葉に気まずそうに頭を掻いた珠利は、逃げるようにお湯からあがった。
「あ~いや、別に? のぼせてきた! 出よう、美珠様、私茹で上がっちゃう」
「あ、こら! 珠利!」
*
「さあ、急いで下さい!」
相馬の声のもと、魔法騎士達は駆け回っていた。
「喜んでくださるといいが」
その隣で暗守も様子を見守る。
「きっと美珠様、喜ぶよ。こんなの初めてだろうからね」
嬉しさをかみ締める相馬の目の前では魔央が配置図を持って部下を見ていた。
「さあ、始めようか! 暗守、美珠様をエスコートしてきてくれ」
今日もありがとうございます。
なんだかんだで、もう黒の章も二十七話まできてるんですね。
って、かいてる自分がなにゆうてんねん って感じですが・・・
そしてもう「黒」に入ってゆきます。
皆様覚悟はよろしいでしょうか?(笑)