黒の章 第二十四話 全てが夢だったらいいのに
「では、美珠様の北行きは暗黒騎士と魔法騎士が護衛につくということでいいかな、それで教会の方は人手がまわるかね?」
「ええ、教会騎士団でまわしていくことになりますが、大丈夫です」
相馬と国王付きの次官、遜頌の三人は分厚い手帳と顔を並べて調整をしていた。
「調べによると、北と言っても治安のよいところですし。あまり人数は要らないかと。逆に大勢で行くと要人だと教えているようですからね」
相馬はペンを額につけながら考えていた。
「この後、その人選については騎士団長とつめることにします」
夕食後、いつものように行われる三人での調整が終わると相馬は居間へと向かった。
かつて入ると誰かいて談笑していた居間は国明の一件以降だれも寄り付かない。
ただ妙にがらんとした空間が広がっていた。
美珠ですらここに顔を出さなくなったのだ。
「やっぱり誰も……いない、か」
仕方なく団長二人の扉を叩いて、居間に呼び出した。
机の上に広げられる建物の見取り図や地図。
「ここの建物の収容人数は大体四十人。美珠様の従者が俺を含めて十五人。料理人やら侍女やら含めてね。あと二十五人なんだけどさ」
「なら魔法騎士を十人と暗黒騎士十五人でどうだ?」
暗守の言葉に魔央も頷く。
「まあ、この建物なら妥当か。しかし、本当にそんな少数でいいのか? 一応北なのだから」
「正直さ、美珠様、ちょっと弱ってる。もう、あんまり無理して笑わせたくないんだ。本当は気の知れた何人かで行くのがいいとは思うんだけどね。北には行かないほうがいいのは分かってるけど、ここにいて、国明が出てくのを見るのもきっと嫌だと思うから」
相馬の言葉に二人も言葉をなくした。
二人にも痛いほど分かる気持ち。
きっと毎日が地獄に近い日々があの少女を襲っているのだ。
自分を捨てた相手と普通の関係を演じないといけないのだから。
重くなった空気を魔央の声が引き上げてゆく。
「そうだな、少し普通の少女に戻らせてあげるか、何か贈り物でも用意しておこうか」
「いいかも! きっと喜ぶよ!」
「ああ、そうしよう。しかし、何が良いか」
「じゃ、これ宿題ね。あとで選抜した名簿をお願いします。騎士団長来てくれるんだよね」
「もちろん」
「ああ、ゆっくり私も温泉につからせてもらうよ」
「よし」
相馬が書類を纏めていると侍女が入ってきてお茶を持ってきた。
「美珠様の訪問、父もとても喜んでおります」
「ほう、ではここを美珠様にお勧めしたのは君か?」
現地の調査資料に目を通しながら尋ねた魔央に頷いて女は頭を垂れる。
「はい。千佳と申します」
千佳は大した美人というわけでもないが、品のある娘だった。
雪国出身ということもあるのか、白い肌が印象的な少女だった。
そして彼女のつぶらな瞳が白い肌とあいまってどこか小動物を連想させる小柄な侍女。
「ついた初日は彼女の父親と夕食を一緒にすることになってる」
「はい。北の海で取れるお魚をご用意して待っているとのことですわ。では失礼いたします」
千佳は三人にお茶を置くと出て行った。
相馬はお茶に口をつけると、ゆっくり口を開いた。
「きっと言っちゃいけないことなんだろうけどさ、この前、国明を殴ってくれたことありがとう。少し、俺もすっきりした」
「嫌、騎士団長である私が感情的になってしまった。恥ずべきことだ」
「だが、今思うと、国明も身から出た錆とは言え、やりきれないだろう」
魔央は少し視線を落として息を吐いた。
「無理に笑おうとする美珠とは対照的に国明から全ての表情が欠落してしまっている。そして、会話も事務的なものばかり。今、国明は一人なのだ。 誰にも、何も相談できず、抱え込むしかない」
「確かに、国明が美珠様を思ってきた感情は半端じゃなかった。けど、自分のせいで全てが駄目になって、美珠様をあれだけ傷つけた。きっと自分を責めてるんだろ。一つになってた皆の心をばらばらにして、王の信頼も失って」
相馬もそういいながら、机に突っ伏した。
大切な主である美珠と幼馴染である国明のことを考えれば、相馬も笑っていられる状況ではなかった。
「全部が夢だったらいいのに。全部が嘘だったらいいのに、そういう魔法ないの?」
「残念ながらな、わが師は魔王は無理やりそれを作り上げる人間だったが」
魔央は軽く笑うと立ち上がった。
こんばんは^^
いつもありがとうございます。
今になってまた婿捜しをすることになった美珠。
ただ、色々な思惑が絡んできそう・・・
あと、十話程度、フルスロットルで連載していきたいと思いますので、今後ともよろしくお願いいたします!